竪穴群ニュース5


竪穴群ニュースNo.5



湧別町川西2遺跡(かわにし2いせき)の調査


  

 北海道教育委員会は、道内の特に重要な遺跡を対象にその保存・活用を図るため、北海道立埋蔵文化財センターによる重要遺跡確認調査を実施しており、平成30年度(2018年度)から令和元年度(2019年度)にかけて川西2遺跡を調査しました。

  


川西2遺跡の位置

川西2遺跡は、湧別川の支流センサイ川とシブノツナイ湖に挟まれた、標高5mほどの台地上にあります。オホーツク海の海岸線までは約400mと近く、遺跡周辺は湖・川・海と水に囲まれた環境が特徴です。


    川西2遺跡とは  

 遺跡からは古代人が住んだ竪穴式住居(たてあなしきじゅうきょ)の跡が千年近くたっても埋まり切らずに残ったくぼみ=「竪穴」(たてあな)がみつかっています。平成30年度(2018年度)に行った測量調査の結果、台地の崖(がけ)に沿うように102か所の竪穴が密集して分布することが分かりました。
 川西2遺跡のある湧別町川西地区には、こうした竪穴(たてあな)が多数まとまる「竪穴群」(たてあなぐん)が3遺跡みつかっています。(1)道指定史跡シブノツナイ竪穴住居跡(たてあなじゅうきょあと)、(2)川西オホーツク遺跡、そしてこの(3)川西2遺跡です。竪穴(たてあな)の数は3遺跡合計で682か所にも及び、オホーツク海沿岸部でも特にその数が多いものの一つです。



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            写真1 竪穴(たてあな)調査の様子 中央がくぼんでいることが分かります。                        


  

調査の成果

 令和元年度(2019年度)の調査では、(1)どの時代のものか、(2)どのような形の竪穴式住居(たてあなしきじゅうきょ)か、(3)どのような遺物が出土するか、を目的に、5軒の竪穴(たてあな)を発掘調査しました。
 調査の結果、全ての竪穴(たてあな)が、本州の平安時代(へいあんじだい)にあたる、11世紀頃の擦文文化期(さつもんぶんかき)に営まれた住居跡(じゅうきょあと)と判明しました。発掘した住居跡(じょうきょあと)のうちの3軒には南東方向の壁に「カマド」と呼ばれる煮炊き用(にたきよう)の調理施設(ちょうりしせつ)が取り付けられており、その火をたいた場所からは魚や動物の骨が検出されました。今後はどのような魚や動物の骨なのかを調べ、川西2遺跡の擦文人(さつもんじん)が何を食べていたかを明らかにしていく予定です。
 また、火災にあった住居跡1軒が確認され、焼けて炭となった屋根材(やねざい)や木製容器(もくせいようき)らしきものがみつかりました。このほかに、甕(かめ)、高坏(たかつき)などの土器166点と鉄製品1点も出土しました。
 擦文文化期(さつもんぶんかき)以外では、本州の古墳時代(こふんじだい)にあたる、4世紀頃の続縄文文化期(ぞくじょうもんぶんかき)後半の土器188点と石器類417点が出土し、遺跡全体に広く分布していました。
 このため川西2遺跡では、続縄文文化期(ぞくじょうもんぶんかき)の4世紀頃と、擦文文化期(さつもんぶんかき)の11世紀頃の二つの時期に、人々が活動していたことが分かりました。

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                       写真2 竪穴から出土した高坏(たかつき)と礫(れき)
 竪穴の中から浅いお椀(わん)に高い台のついた土器とたくさんの石が出土しました。食べ物の盛り付けや調理に使ったのでしょうか?

  

 


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