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最終更新日:2017年4月01日(土)


三岸好太郎の年譜



 北海道立三岸好太郎美術館     MIGISHI KOTARO MUSEUM OF ART, HOKKAIDO

  三岸好太郎 

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                                           →三岸好太郎の画業

本年譜は、「三岸好太郎展」図録(神奈川県立近代美術館1985年)所蔵年譜)(寺嶋弘道編)、「三岸好太郎 昭和洋画史への序章」(匠秀夫著1992年)所蔵年譜、「三岸好太郎展覧会記録」(「北海道立三岸好太郎美術館所蔵品目録」1993年)を主に参考に、若干の訂正と補足を行って当館で作成した。
                                                 kao

1903年(明治36年)
4月18日
北海道札幌区(現札幌市)南7条西4丁目に生まれる。
本籍地:北海道厚田郡厚田村大字厚田村16番地。
父:橘巌松、母:三岸イシ、異父兄:梅谷松太郎(小説家子母澤寛)、妹:千代。祖父梅谷十次郎が父母の結婚を許さなかったため、三岸家の戸主である母の姓を名乗る。
1909年(明治42年)6歳  4月
札幌区立西創成尋常高等小学校に満5歳で入学。
1911年(明治44年)8歳  4月
同区南5条西2丁目に転居し、札幌区立豊水尋常高等小学校に転校。
1912年(明治45年・大正元年)9歳  4月
同区北7条西5丁目に転居し、札幌区立北九条尋常高等小学校に転校。
1915年(大正4年)12歳  4月
北海道庁立札幌第一中学校(現・札幌南高等学校)に入学。
1916年(大正5年)13歳 
父巖松49歳で死亡。住込奉公の母イシの仕送りを受けて、一時兄梅谷宅、ついで北7条西8丁目の塩野谷平蔵宅に下宿生活をしながら通学する。
1918年(大正7年)15歳 北17条西5丁目の田名菊次郎方に下宿をかわる。油絵に興味を抱き、中学の美術クラブ霞会に属し、図画教師林竹治郎の指導を受ける。
1919年(大正8年)16歳 
              
                 
3月
学業不振のため落第。
10月

霞会例会(4日 札幌第一中学に)出品

霞画会展(19日 札幌第一中学)に〈秋はさびしい〉を出品。
11月

俣野第四郎、戸村真次郎ら一中生とアネモネ画会をつくり学外で展覧会(22-23日 札幌・ローリー館)を開催。
1920年(大正9年)17歳  2月
霞会例会(4日 札幌第一中学)に〈雪景色〉〈肖像〉を出品。

6月
修学旅行中喫煙が見つかり停学処分を受ける。
10月

開校25周年記念霞会展に〈教会堂〉〈山〉〈母に捧ぐ〉〈日向(ママ)葵〉〈風の日〉〈静物〉を出品。

11月
札幌で初の公募展として開催された北斗雅会美術展(1-4日 札幌・今井呉服店)に〈ジュピターの幸福〉〈不満〉が入選。
1921年(大正10年)18歳  3月
札幌第一中学卒業。東京美術学校建築科(図案科第二部)に入学の親友俣野第四郎と上京する。
白樺美術館第1回展(5-13日 京橋・星製薬画廊)でセザンヌ、ゴッホをはじめて見て驚嘆する。
雑司ヶ谷の俣野第三郎(第四郎の兄)方、北千住中組46番地の兄梅谷松太郎方、北豊島郡巣鴨1142番地の日本画家大野麦風方、西巣鴨向原3476番地の八代忠方ほかに下宿し、新聞配達、夜なきそば売り、大野麦風の書生などをヘて、下谷郵便局の臨時雇いになる。
1922年(大正11年)19歳 5月
仏蘭西現代美術展(築地・農商務陳列館)でアンリ・ルソーの作品に感銘を受ける。

6月
第3回中央美術社展(11-18日 日本橋・三越呉服店)に〈静物〉が入選。

9月
第9回二科展に出品するが落選。
11月

1920年社第2回展(22-25日 神田・流逸荘)に〈玉葱静物〉〈板橋風景〉を出品。この頃、吉田節子と知りあう。

1923年(大正12年)20歳 5月
春陽会第1回展(4-27日 上野・竹之台陳列館/6月17-27日 大阪・商品陳列所)に〈檸檬持てる少女〉が入選。

7月
俣野第四郎、小林喜一郎と札幌へ帰り、「三岸好太郎・俣野第四郎・小林喜一郎油絵展覧会」(22-24日 札幌・民衆会館/28-29日 小樽・船見屋百貨店)を開催、〈初冬板橋〉〈籾工場風景〉〈砲術学校〉〈築地舟見橋〉〈郊外の川べり〉〈橋畔風景〉〈静物〈枇杷)〉〈目白台風景〉〈少女像〉〈雨後春景〉〈郊外初夏〉〈玉葱静物〉〈景色〉〈レモン静物〉〈小学校風景〉〈レモン持てる少女〉〈札幌風景〉〈札幌農大校庭〉〈静物〉〈札幌風景〉を出品。

8月
帰京。西巣鴨宮仲2278番地の南大路家の離れに引っ越す。母と妹が上京して同居。一時、鬼塚金華、小林喜一郎も同居していた。家庭購売組合に職を得る。

11月
日本美術展(20-12月15日 京都・岡崎公園第二勧業館/翌年2月1-20日 上野・日本美術協会)に〈築地風景〉を出品。
1924年(大正13年)21歳 3月
春陽会第2回展(14-23日 日本橋・三越呉服店/4月1-10日 京都・商業会議所/4月19-29日 大阪毎日新聞社)に〈兄及ビ彼ノ長女〉〈春ノ野辺〉〈友人ノ肖像〉〈崖ノ風景〉が入選し、春陽会賞を首席で受賞。

7月
春陽会の出品仲間(横堀角次郎・斎藤清二郎・倉田三郎・川端信一・土屋義郎)と麓人社を結成。

8月
麓人社第1回展(1-10日 京橋・村田画房)に〈肖像〉〈少女〉〈少女と犬〉〈風景(一)〉〈風景(二)〉を出品。
9月

吉田節子と所帯をもち、巣鴨染井墓地のそばの下宿の2階を借りて生活を始める(届出は翌年4月)。

11月
札幌から上京した中学の先輩山田正と高田町に家をかりる。
1925年(大正14年)22歳
節子夫人の実家(愛知県起町)に滞在する。

1月
長女陽子が生まれる。(戸籍では3月)

3月
春陽会第3回展(6-29日 上野・竹之台陳列館/4月12-18日 名古屋・商品陳列所/5月16-29日 大阪・白木屋呉服店)に〈少女の像〉〈冬の崖〉〈少年〉〈美しき少女〉〈裸体〉が入選。

4月
麓人社第2回展(1-6日 日本橋・丸善)に〈戦友肖像〉〈軍楽手三人〉〈笹藪〉〈軍楽手〉を出品。

5月
節子夫人の実家(愛知県起町)に滞在する。

6月
板橋町中丸に引っ越す。
8月

丹羽秀雄と札幌に帰り、「丹羽秀雄・吉田節子・三岸好太郎展覧会」(8-10日 札幌・商業会議所)を開催し、〈兄及ビ彼ノ長女〉〈少年〉〈男ノ像〉〈森ノ中(一)〉〈森ノ中(二)〉〈裸体〉〈椿之図〉〈崖〉〈郊外ノ景色〉〈犬ト少女〉〈黄色ノ洋服〉〈春ノ幸福〉〈風景〉〈馬ト少女〉〈麦畑〉〈狐松之図〉〈童児煎茶之図〉〈椿〉〈枇杷之図〉〈木芙蓉〉〈二奸〉〈二果竟色〉〈札幌風景〉を出品。
9月

中丸の前住所のやや奥手に引っ越す。
10月

北海道美術協会の特別会員となり、第1回道展(5-18日 札幌・農業館)に〈初秋風景〉を出品。
1926年(大正15年・昭和元年)23歳 2月
春陽会第4回展(26-3月20日 上野・竹之台陳列館/4月2-8日 名古屋・松坂屋/5月1-10日 大阪・高島屋)に〈竹藪〉〈宇治風景〉が入選。
3月

春陽会無鑑査に推薦される。

5月
東京府美術館開館記念第1回聖徳太子奉讃美術展覧会(1-6月10日 東京府美術館/6月25-7月21日 大阪・商品陳列所)に〈安孫子風景〉〈春暖〉を出品。

9月
同郷の画友岡田七蔵と中国旅行。上海、杭州、蘇州などを訪れる(12月に帰国)。
1927年(昭和2年)24歳
西巣鴨町大字巣鴨2280番地の借家に移転。母、妹とともに住む。

4月
結核のため療養中の沼津で死去した親友俣野第四郎の「故俣野第四郎遺作展覧会」(30-5月2日 上野広小路・孚水画房/9月10日-11日 札幌・商工会議所)を東京と札幌で開催。春陽会第5回展(22-5月15日 東京府美術館/5月21-30日 大阪・白木屋呉服店/6月9-13日 名古屋・松坂屋)に〈水瓜〉〈支那の少女〉〈蘇州の風景〉〈ゆき〉〈なすび〉を出品。

節子夫人とともに岐阜で過ごす。

9月
麓人社第3回展(15-19日 日本橋・丸善/10月1-7日 大阪・丸善)に〈南瓜と茄子〉〈支那の少女〉〈杭州西湖〉〈蘇州〉などを出品。黒百合会第21回展(22-26日 札幌・今井呉服店)に〈中野氏令嬢〉を賛助出品。

晩秋
岐阜に行く。
年末

節子夫人と信濃大町の俣野第三郎を訪ね、帰京。
1928年(昭和3年)25歳 3月
次女杏子が生まれる。
4月

春陽会第6回展(28-5月14日 東京府美術館/5月25日-6月3日 大阪・白木屋呉服店)に〈蘇州城外〉〈冬〉〈少女〉〈茶畑〉〈陽春〉を出品。

初夏
鳥海青児、森田勝、節子夫人と札幌に帰り、北8条西4丁目の大森滋宅の隣家に秋まで滞在。

10月
「三岸好太郎・鳥海青児・吉田節子展覧会」(12-14日 札幌・今井呉服店)を開催。〈花〉〈ダリヤ〉〈植物園(A)〉〈ポプラ〉〈大沼風景〉〈果樹園(A)〉〈果樹園(B)〉〈花畑〉〈故河合氏肖像〉〈H博士肖像〉〈K博士肖像〉〈曇日〉〈果物〉〈札幌風景(A)〉〈札幌風景(B)〉〈植物園(B)〉〈藻岩山〉〈裸婦(A)〉〈裸婦(B)〉〈道〉〈風景〉〈風景〉〈秋〉計23点を出品。
11月

麓人社第4回展(1-8日 日本橋・三越)に〈道のある風景〉〈エルム樹〉〈道〉〈葡萄〉〈花〉〈花〉などを出品。
黒百合会第22回展(28-30日 札幌・今井呉服店)に〈家(A)〉〈家(B)〉を賛助出品。
1929年(昭和4年)26歳 4月
春陽会第7回展(27-5月19日 東京府美術館/6月12-21日 大阪・白木屋呉服店)に〈風景〉〈港の風景〉〈面の男〉〈少年道化〉を出品。
5月

東京中野区鷺宮5丁目407番地にアトリエ付の住宅を建てる。麓人社素描展(11-17日 新宿・紀伊国屋書店)に〈夜の婦人〉〈雨上がり(A)〉〈子供〉〈港〉〈庭〉〈少年道化〉〈裸体(B)〉などを出品。国際美術協会第1回内国各派大綜合展(25-6月16日 東京府美術館)に〈赤い花〉〈道化〉などを出品。
7月

太地社第5回展(27-8月4日 小樽公会堂)に〈小樽小景〉〈お面の男〉〈夕暮〉〈少年道化〉〈港の午後〉を出品。
1930年(昭和5年)27歳 3月
子母澤寛著『笹川の繁蔵』、本田一郎著『仕立屋銀次』が、三岸の装幀・挿絵により塩川書房より刊行。第2回聖徳太子奉讃美術展覧会(17-4月14日 東京府美術館)に〈青目の少女〉を出品。

4月
春陽会第8回展(23-5月14日 東京府美術館/6月19-29日 大阪・白木屋呉服店)に〈マリオネット〉〈黄服少女〉〈読書少女〉〈道化面〉〈道化面〉を出品。
8月

雑誌「セレクト」に散文詩「上海の絵本」を発表する。
9月

長男黄太郎生まれる。
11月

独立美術協会の創立に加わり、最年少の会員となる。
12月

独立美術協会結成記念講演会で「芸術の特異性」の演題で講演(7日 東京・報知新聞社講堂)。
1931年(昭和6年)28歳 1月
独立美術協会第1回展(11-31日 東京府美術館/2月15-28日 大阪・朝日会館/4月28-5月6日 福岡日日新聞社/京都、名古屋、台北等でも開催)に〈緑衣少女〉〈紅衣少女〉〈マリオネット〉〈ポプラの風景〉〈セロイスト〉〈道化と馬〉〈馬に乗る道化〉〈少女〉〈レビューの男〉〈赤い道化〉を出品。
2月

独立美術協会大阪展に際し「芸術の特異性」の演題で講演(14日 大阪・朝日会館)。以後、しばしば独立美術地方展で名古屋、京都、大阪等に行き、講演も行う。
8月

独立美術協会夏季講習会の講師をつとめる(3-12日 新宿・紀伊国屋書店学堂)。
9月

独立美術協会秋季展(19-29日 東京・朝日新聞社)に〈黄い服〉〈少女〉〈横顔〉〈猫〉〈道化〉〈ニコライ〉を出品。第7回道展(26-10月14日 札幌・農業館)に〈馬に乗るピエロ〉を出品。
1932年(昭和7年)29歳 3月
独立美術協会第2回展(19-4月14日 東京府美術館/4月21-25日 名古屋・鶴舞公園美術館/5月5-15日 大阪・朝日会館/5月28-6月8日 福井・城町アルト会館/福岡、熊本、長崎、台北でも開催)に〈白馬と道化〉〈青年道化〉〈裸婦B〉〈悪魔〉〈青年〉〈裸婦A〉〈女の顔〉〈道化役者〉〈男二人〉〈白百合〉を出品。

4月
独立美術協会講演会で講演(1日 銀座・読売新聞社講堂)。

5月
丘人社洋画展(29日 新潟・柏崎町役場)に〈黄服少女〉を出品。

8月
札幌に帰る。
9月

北海道美術協会後援の美術講演会で「新興芸術運動」の演題で講演(9日 札幌・今井記念館)
個展(10-12日 札幌・豊平館)開催。〈白百合とバラ〉〈裸婦〉〈花〉〈花ト蝶〉〈花ト少女〉〈読書少女〉〈金連花A〉〈ニコライ堂風景〉〈白馬〉〈金連花B〉〈サルビヤ〉〈少年道化〉〈道化〉〈森〉〈冬の風景〉〈南部の跳躍〉〈札幌風景〉〈風景〉〈花〉〈静物〉計20点出品。
第8回道展(17-10月4日 札幌・農業館)に〈大通公園〉〈植物園〉を出品。NHK(札幌放送局)のラジオ趣味講座で「画家の見た女性」を放送(23日)。
10月

独立美術協会秋季展(2-9日 東京・朝日新聞社)に友人本間紹夫の工房で試みた自製石版画〈女の顔〉〈道化〉〈少女〉を出品。
同郷のオリンピック三段跳び優勝者南部忠平を讃える〈南部の跳躍〉を制作し、札幌市に寄贈。レートン作品展(29-11月1日 札幌・今井呉服店)に〈少女〉を賛助出品。
11月

函館湯ノ川温泉に遊び帰京(1日)。
12月

フランス前衛絵画の動向を紹介した「巴里・東京新興美術展」(6-20日 東京府美術館)を見て大きな刺激を受ける。 
1933年(昭和8年)30歳 1月
綜合美術展覧会(16-27日 上野・松坂屋)に〈海〉を出品。「独立美術4」(三岸好太郎特集、建設社)刊行。

3月
NHK(東京放送局)ラジオ趣味講座で「前衛絵画について-絵画と社会性」を放送。
独立美術協会第3回展(10-31日 東京府美術館/4月13-19日 名古屋・鶴舞公園美術館/4月25-5月5日 大阪・朝日会館/5月8日-14日 京都・大丸呉服店/5月19-23日 福岡日日新聞社/台北でも開催)に〈乳首〉〈花〉〈新交響楽団〉〈ダイナミーク〉〈オーケストラ〉を出品。
6月

北海道新興工芸美術連盟主催の第1回試作展(1-7日 札幌・三越)に節子夫人と共作の状差し〈豚小屋〉ほか30点を出品。
小山昇、植木茂ら北海道出身の独立展出品作家10名による北海道独立美術作家協会の結成に指導者的立場で参画。
7月

北海道独立美術作家協会第1回展(1-7日 札幌・三越)に〈金魚〉〈見物客〉を賛助出品。
結成記念講演会で「絵画的視覚に於ける近代層」の演題で講演(1日 札幌・今井記念館)。
8月

自宅を申込所として独立美術協会夏季講習会(1-10日 神宮外苑日本青年会館)の講師をつとめる。
9月

独立美術協会素描展(19-23日 大阪・美術新論社画廊)に出品。名古屋、大阪、神戸、道後温泉に遊ぶ。
10月

独立美術協会秋季展(16-22日 上野・松坂屋/11月13-17日 大阪・朝日ビル)に〈構図〉〈少年〉〈コンポジション〉を出品。
11月

第2回丘人社洋画展(5日 新潟・柏崎町役場)に〈花〉〈コンポゼション〉を出品。
1934年(昭和9年)31歳 2月
個展(17,18日 愛知県津島町・まのや旅館)を開催。

3月
独立会員油絵素描小作品(20-26日 銀座・日動画廊)に出品。
独立美術協会第4回展(20-4月12日 東京府美術館/4月20-27日 名古屋・鶴舞公園美術館/5月9-13日 広島・県産業奨励館/5月17-26日 大阪・朝日会館/京都でも開催)に〈旅愁〉〈ビロードと蝶〉〈飛ぶ蝶〉〈海洋を渡る蝶〉〈海と射光〉〈貝殻〉〈のんびり貝〉を出品。凸版印刷素描10点を収めた筆彩素描集「蝶と貝殻」(限定100部)刊行。新しいアトリエの建築を思いたち、友人の建築家山脇巌に設計を依頼する。
4月

建設資金調達のため関西に赴く。

5月
独立美術協会広島展に際し「前衛絵画」の演題で講演(5日 広島・県教育会館)。
独立美術協会大阪展に際し「美術における新生命」の演題で講演(19日 大阪・朝日新聞社)。
6月

独立美術協会会員小作品展(1-7日 大阪・阪急百貨点)に出品。
「貝殻旅行」と称して節子夫人と京都、奈良、大阪に遊ぶ。帰路名古屋に立ち寄り、節子夫人は帰京。
北海道独立美術作家協会第2回展(26-29日 札幌・三越)に〈ビロードと蝶〉を出品。
28日、名古屋の銭屋旅館(名古屋市西区御幸本町7丁目1番地)で胃潰瘍の吐血でたおれる。
7月

1日、心臓発作を併発して午後11時死去。友人の医者青井東平によってデスマスクがとられ、その後、名古屋で荼毘にふされ、遺骨は東京に運ばれた。鷺宮で独立美術協会会葬。

9月
第10回道展(14-30日 札幌・農業館)に遺作陳列。〈赤い服の子供〉〈馬に乗る道化〉〈椿〉出品。
10月

アトリエ竣工。
11月

「故三岸好太郎作品遺作展覧会」(1-10日 鷺宮・アトリエ)開催。〈乳首〉〈コンポジション〉ほか出品
1935年(昭和10年) 1月
三岸好太郎遺作展(名古屋・丸善)開催。

3月
独立美術協会第5回展(6-25日 東京府美術館他)に遺作陳列。
三岸好太郎画伯遺作回顧展(15-18日 銀座・日動画廊)開催。
1950年(昭和25年) 3月
三岸好太郎遺作展(7-13日 東京日本橋・北荘画廊)開催。  
1955年(昭和30年) 11月
三岸好太郎遺作展(15-20日 札幌・丸井今井百貨店)開催。
1965年(昭和40年) 4月
三岸好太郎展(3-5月16日 神奈川県立近代美術館)開催。

6月
三岸好太郎展(3-27日 北九州市八幡美術館)開催。
7月

三岸好太郎回顧展(16-8月15日 北海道拓殖銀行札幌南支店ピル)開催。
1967年(昭和42年) 9月
節子夫人ら遺族4名により三岸好太郎の遺作220点が北海道に寄贈され北海道立美術館(三岸好太郎記念室)が開館。
1972年(昭和47年) 5月
三岸好太郎展(26-6月13日 新宿・小田急百貨店)開催。
1977年(昭和52年) 6月
北海道立美術館を北海道立三岸好太郎美術館と改称。
1978年(昭和53年) 8月
三岸好太郎展(11-27日 岡崎市美術館)開催。
1983年(昭和58年) 4月
三岸好太郎展(16-5月15日 宮城県美術館)開催。
7月

北海道立三岸好太郎美術館が新築移転し、新たに開館。
1985年(昭和60年) 3月
没後50周年記念三岸好太郎展(2-28日 神奈川県立近代美術館)開催。

1992年(平成4年)

 

2003年(平成15年)

                              

 2013年(平成25年)

 

 

 

                

6-12月
三岸好太郎と三岸節子展(6月27日-8月6日  北海道立三岸好太郎美術館ほか)開催。

4-10月                                                             生誕100年記念三岸好太郎展開催                                        (4月18日-5月25日 北海道立近代美術館・北海道立三岸好太郎美術館、                  5月31日-6月29日 下関市立美術館、 7月5日-8月24日 府中市美術館、                             8月30日-10月19日 名古屋市美術館)                                  

9月-2014年1月                                                          生誕110年三岸好太郎展開催                                                           (9月14日-11月17日 北海道立三岸好太郎美術館、                                          11月23日-2014年1月19日 北海道立函館美術館)                         

 
 

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北海道立三岸好太郎美術館   MIGISHI  KOTARO  MUSEUM  OF  ART,  HOKKAIDO                                                             〒060-0002 札幌市中央区北2条西15丁目  TEL: 011-644-8902    FAX: 011-644-8902  
テレホンサービス:011-621-7000