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最終更新日:2018年6月19日(火)


大塚仲町風景



ootuka

大塚仲町風景油彩・キャンバス1922(大正11)411×529mm

Landscape of Otsuka-Nakamachi

上京した三岸は、親友の俣野第四郎とともに雑司ヶ谷の俣野の兄宅に下宿し、その後、北千住や巣鴨などを転々としている。俣野は東京美術学校の建築科に通い、三岸は米屋の配達、新聞配達、夜なきそば売りから下谷郵便局の臨時雇いなどの職で糊口をしのいだ。貧しくて絵の具が買えず、絵の具箱を共有し、一人が描くときはもう一人はそれを見ていたこともあったという。休みの日には連れだって近郊のスケッチに出かけてこれらの作品を制作している。こうした風景画は、当時若い画学生に絶大な人気を博した岸田劉生率いる草土社の画家たちがよく描いたものであり、三岸もまた岸田劉生に傾倒していた。この作品の土手下に佇む少女と、右方向から歩いてくる学生服らしき男性が、点景として画面に抒情を添えている。

In 1921, Migishi moved from Sapporo to Tokyo with the aim of becoming a painter at the age of 18. He moved from place to place in Tokyo, working by day, learning painting by night, and sketching in the neighborhood on his days off. This piece was created from that life. Otsuka-Nakamachi was located on the outskirts of Tokyo at the time.  

1921年,18岁的三岸立志成为画家,从札幌迁至东京。在东京的生活颠沛流离,白天工作,晚上学画,休息日就到附近写生。该作品就是在这种生活中诞生的。大塚仲町位于当时的东京郊外。 

1921년, 18세의 미기시는 화가를 목표로 하여 삿포로에서 도쿄로 이주했다. 도쿄에서는 주소를 전전하면서 낮에는 일하고 밤에는 그림공부를, 휴일에는 근처에서 사생하는 생활을 하였다. 이 작품도 그러한 생활 속에서 탄생한 것. 오츠카나카마치는 당시 도쿄 외곽에 위치했다. 


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