○ 学校教育目標の一つである『挑戦』の具現化
知・徳・体のバランスのとれた力である『生きる力』をはぐくんでいくために、本校の教育目標の一つである『挑戦』をキーワードに様々な取組を行っています。その一環として、各種の検定(英語検定・漢字検定・数学検定・コンピュータ検定)やコンクールに積極的にチャレンジすることを推奨しています。合格や入賞することによって自信にもつながり、また、言語の力の育成にも役立っています。今年度、入賞した代表的な作品を紹介します。
○社団法人日本新聞協会「第18回新聞配達に関するエッセーコンテスト」中学生・高校生部門審査員特別賞
『私の日課』 2年 齋藤 桃花
新聞を読まなくなったのはいつ頃だろう。テレビ欄さえも見なくなってしまった。小さい頃はよく親のまねをして、読むことのできない新聞をひろげていたのに。母とは、あまり口をきかなかった。話す話題もないし、なにより話しているとだんだん苛立ち、口げんかになってしまう。その頃は自分に余裕がなく、小さい頃の純粋で素直な気持ちを忘れていた。そんな時、私は学校の授業で、新聞社に川柳を投稿した。クラスメートの川柳も載っているから毎日そのコーナーをチェックするようになり、他の記事も読むようになっていた。ある日、母と一緒にニュースを見ながら朝食を食べていると、新聞に載っていたことが話題となり、会話が弾んだ。ニュースのことで会話することはこれが初めてだった。どうしてかうれしくなった。毎日届く新聞を読むことは、私の日課になっていった。その後、母と話すのが私の朝の元気のもとになっている。
○第33回全日本中学生水の作文・北海道地方コンクール」入選
『水の存在と重要性』 2年 加藤 那奈
「あれ、揺れてるの?うわ、地震だ。」
三月十一日、東北地方を中心に大規模な地震が起きた。私が住んでいる北海道でも揺れた。その日以来、テレビをつけると、どのチャンネルも地震のニュースを多くとりあげていた。地震自体と津波の被害をうけた被災地の映像を見ると地震の規模がよくわかった。その映像は見ると心が痛くなるほどのものだった。
私が通う中学校では近年三年生になると被災地である気仙沼大島に修学旅行に行く。私の姉も去年修学旅行に行き、その思い出を話してくれた。現地の人たちはみんな良い人でとてもよくしてもらった。宿の人たちも優しくてとても楽しかった。おみやげ屋さんに行っても色々なものをくれたり、本当に良い思い出ばかりだ。そう話してくれた。修学旅行先がテレビで放送され、私と姉は驚きを隠せなかった。修学旅行で見学した土地も、ご飯を食べたお店も、泊まった宿も、おみやげ屋さんも、すべてがめちゃくちゃになっていたからだ。本当にその場所はあのきれいだった場所と同じものだと信じられなかった。避難した人たちがインタビューで必要なものを聞かれると主に、毛布、食料と言っていた。そして一番多いのは、「水」。水が不足しているからだ。
「水」の存在。それは大きすぎて私たちが百パーセント理解し、百パーセント正確に使いこなすことはできないと思う。それほど私たちの生活に大きく関わっている。例えば、飲料水として水は飲む事ができるし、料理をする時も水が必要、お風呂に入る時も水が必要。全て水がなければ成り立たない。このように水がどれだけ重要なものなのかがわかる。水がなければ私たちの暮らしは大きく変化する。お風呂に入れない、料理をする事もできないため、食べることができない、そして水を飲むこともできなくなる。今では水が当り前で、水がない生活を想像する事はできない。ただ一つわかっていること、それは水がなければ私たちは生きていけないということぐらいだ。
それほど大切な水を私たちは大切に、そして正しく使うことができていただろうか。また、これからどうやって水と向き合っていかないといけないのか。私自身、水に対する考えは浅く、無駄遣いをしていたと思う。そして、どうすれば水を無駄なく使うことができるかを考えた事など、一度もなかった。けれどこれから全員で考えていかなければいけない。実際、水が不足し困っている人がいるからだ。対策は、無駄な事に水を使ったり、長時間の使用を避ける事と、水がある生活が当たり前だという意識を転換する事。そうすれば水を大切にする事ができる。そしてこれからも水を使い続けることができる。水はその必要性を今回起きた地震や津波などを含め、日常生活で私たちに知らせている。私たちはその知らせを聞き逃がさないように水に耳を傾けなければいけない。そうやって私たちは水と共に生活するべきなんだと思う。私たちは改めて水の存在と重要性を痛感させられた。
○「小さな親切」作文コンクール岩見沢市中学生の部優秀賞
『雨と一つの親切』 2年 吉野 百音
学校からの帰り道、突然雨が降ってきた。まだ小雨だったため、急いで自転車を走らせた。家に着き、濡れた鞄を拭こうとした時、気づいた。気に入っていたキーホルダーが無くなっていた。落としてきたのかと思い、探しに行こうと靴に手をかけた時、後ろから母の声が聞こえた。私が外に出るのを疑問に思った母は、どこへ行くのか訪ねてきた。事情を説明し、もう一度靴を履こうとする私に母は、「雨も降っているし、明日探せばいいんじゃないの?」と。外を見ると、さっきまで小雨だったのが、大雨になっていた。私は、もし明日行って無かったらどうしようという不安を抱えながらも行くことを断念した。
その日はちょうど習い事の日だった。いつもは約5分前に出るのだが、やっぱり今日のうちに探そうと思い、いつもより5分早く家を出た。その頃にはもう雨は上がっており、自転車で学校までの道を辿った。すると、道の途中でビニール袋が見えた。近づくと、その透明な袋の中から私のキーホルダーが見えた。急いで、袋を取ると、タオルの上にキーホルダーが乗っていて、そして上から袋がかぶせてあった。誰かが私の落とし物を拾い、こんなに丁寧に雨に濡れない袋までかけてくれていて、そして木にぶら下げていてくれたのだと思うと、感謝の気持ちと嬉しさ、そして感動で胸がいっぱいになった。私は、この出来事をすぐにピアノの先生に話した。すると先生は「すごい親切な人だね。でも、一体誰なんだろうね。」と言った。確かにとても親切な人だけど、本当に誰なんだろうと思った。もしかしたら、私の知っている人かもしれないと思った。
そんなことを考えていたら、とても楽しかった。その時、私は気づいた。親切はその時限りのものではなく、時間が経った今もこうして、嬉しかったり、された側の心を温かくするものだということを知った。私は誰かにこんなことをしてあげたことが一回でもあるのだろうか。不意にそう思った。いつもは何か人にしてもらうことの方が多いのではない
か。今までの自分の行動を後悔し、反省した。でも、思った。これから少しずつでも、親切をして恩を返していけばいいのではないかと。私に親切をしてくれ、私の親切に対する意識を高めてくれた誰か。私は、この親切な誰かに恩返しをしたい。でも、その人が誰なのか、分からない。それならば、これからたくさんの親切なことをして、結果的にはその誰かへ恩を返すことができたらと思う。それがその人にとっても、他の誰かにとっても、そして私にとっても、幸せにつながる最高の近道なのではないだろうか。
↑ 統合した北村中学校創立当初からある墨書
(現在、生徒玄関に掲げられている)
記念事業のために書いていただいた墨書 →
(多目的ホールに掲げられている)
今年1月に新校舎に引っ越し、11月12日に校舎落成記念式典を行いました。生徒玄関には、昭和43年に統合した北村中学校創立当初からある「ここに集いてともに学ばん」の文字が、そして、多目的ホールには、校舎落成記念事業のために、岩見沢市教育委員会教育委員長の大橋 弘道様に書いていただいた「挑戦」の文字が掲げられています。この二つの文字に象徴されるように、これまでの北村中学校の輝かしい歴史と伝統を受け継ぎ、生徒とともに「新たなる挑戦」をしていきたいと考えています。
岩見沢市立北村中学校 校長 山崎 優