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最終更新日:2017年8月09日(水)

 

メールマガジン未来人「随想」


No.9 2007年02月20日発行 【教育長コラム】
                         
 ススキーノという男声合唱団に入っている。
 ただ、歌が好きで自分から進んで入ったわけではなく、訳あって気がついたら団員にされ
ていたと言うわけである。
 仕事が入っていなければ、毎週土曜日の夕方、約3時間の猛練習に参加している。団員
の平均年齢は58歳ぐらいで、第一線をリタイアした人生の先輩も多い。練習の合間や発表
会後の反省会で、過去の肩書きを気にせず、自由に豪快に会話をする人生の先輩達の姿
を見ると、ちょっと羨ましい。
 指導してくださる先生は、私を含め、譜面の読めない団員のために、パートごとにカセット
テープに音を録音してくれる。そのテープを聴きながら自分のパートを頭にたたみ込むわけ
である。(因みに、私のパートはテノールのセカンド)
 もちろん、ステージには何度も立った。昨年の5月には、倍賞千恵子コンサートに賛助出
演、会場はあの「札幌コンサートホールkitara」の大ホール。
  11月には、JR札幌駅西コンコースでのコンサート(無料)、そして、12月には札幌市内某
ホテルでの「ディナーコンサート」、これには有料にもかかわらず定員いっぱいの約450名の
方に聴いていただいた。
  私も退職までそう長い年数があるわけではない。退職して家でゴロゴロしているのは家族
にとって大迷惑であろう。
  地域社会の接点として合唱は続けていこうと思っている。そして、あと一つ二つくらい接点
を増やせばと思っている。
  平成13年に開講した「道民カレッジ」には、現在、約2万人の道民の方が学生として登録
しており、博士、修士が続々と誕生しているという。
  私も是非挑戦してみたいと考えている。

                                                      北海道教育委員会教育長  吉田 洋一

No.11 2007年04月20日発行  【随想】-明日の青空-

 入学式や卒業式に参加するといつものことだが、呼名され返事をして立ち上がる生徒の
姿に心を揺さぶられる。私にとって教師冥利に尽きる至福の時機だ。
 北海道で初めての中等教育学校となる「北海道登別明日(あけび)中等教育学校」が開校
した。
 「明日(あす)を創る」という開校の精神を礎に、「高い知性」、「豊かな人間性」、「健康な心
身」、「郷土愛と国際性」を身に付けた、本道の将来を担う人材の育成を目指している。
 入学生は全道各地から来ているということから、道民の期待の大きさを伺い知ることがで
きる。
 名前が呼ばれ、力強い返事があり、生徒が起立する。すっくと立った姿を見ると、この場
に至るまで費やしたであろう、本人はもとより保護者や教員の様々な苦労や努力が、一気
に思いとなって交錯する。それとともに、明日からの新しい生活に、幾ばくかの不安を抱きな
がらも希望に期待する初々しさに一層清々しさを感じ、万感胸に迫るものがある。
 本校が道民の期待に十分応え得ることはもちろん確信しているが、担当課としてもこの負
託に応えるべく改めて気を引き締めているところである。
 式の最後に校歌が披露された。校歌は「明日(あけび)の空に」という。札幌出身のシンガ
ーソングライター大黒摩季さんが作詞・作曲した校歌だ。ステージに登場した大黒さんが校
歌作成にかけた思いを静かに語り、そして力強く歌唱した。
  「OH~ 明日(あけび)の空に OH~ 明日(あけび)の風に 羽ばたけ 大地の志よ」
  明日(あけび)の空に力強く大きく羽ばたけという思いがバラード調の曲に乗せて切々と心
に響く。入学式に臨む生徒の表情から意思と気迫が伝わってくる。目頭が触発される。
 式に臨む生徒の、今この場にいる達成感と明日への希望に輝いている姿を見るのが好き
だ。そして、今年は、格別新たな勇気と希望をもった。

                                                                       高校教育課長 辻 敏裕

No.12 2007年05月21日発行  【随想】-分かりやすい言葉-

 今から40年前の小学生の頃、親からことわざを使って注意されたり、叱られたりしたこと
がありました。
  人から嫌なことをされたときは「人のふり見て我がふり直せ」と、人のことを言うよりお前が
気を付けろと注意され、けんかをしたときは「負けるが勝ち」と、いいから負けろと教えられ、
成績が悪いときは「好きこそものの上手なれ」と、勉強を好きになれば済む話だと簡単に言
われました。
  使い方は怪しいし、子供心にはかなり理不尽なものでしたが、妙に分かったような気持ち
になったものです。
  さて、皆さんのご家庭では、子供たちは朝ごはんを食べていますか。基本的生活習慣の
乱れは、学習意欲や体力、気力の低下の要因の一つと言われています。
   子供たちが健やかに成長していくためには、適切な運動、調和のとれた食事、十分な休
養・睡眠が大切です。
 それぞれのご家庭で、分かりやすい言葉、キーワードで食育を考えてみてはいかがでし
ょうか。
 我が家では、自分の“メタ腹”を意識し「腹八分目」をキーワードにしようと思っています。
  ちなみに、「腹八分目」は小学生の頃、カレーライスの皿をなめたときに飛んできた言葉で
す。

                                                                学校安全・健康課長 秋山 雅行

No.13 2007年06月21日発行  【随想】-体力って、なに-

 たまに朝早く起きて散歩すると、ジャージを着て足早に歩く人が以外に多い。藻岩山に
年1回は上ることにしている。出会った人に挨拶をするのが山登りのルールであるが、次々
にすれ違い面倒になる。まさに昔の青少年、現在の中高年は健康志向だ。
  子どもの体力の低下が指摘されている。
 「体格はアップ、体力はダウン」 これは現代っ子の体力の現状を表したキャッチコピーだ
が、それによると30年前に比べて、男子では身長が3.4cm、体重が4kg、女子も身長で3
cm、体重で2.9kg上回っているのに、体力の低下が続いているそうだ。今の子どもが成長
しても、今の大人たちと同程度の体力までは達することはできないのではないかと危惧して
いる。 
  読んでみてふと考えた。体格と体力は相関関係なのだろうか。だとすると2mで150kgの
人は超人的な体力の持ち主か(屁理屈だが)という思いが頭を巡った。
  子どもの体力の低下は数値では読み取れるが、これまでハンカチ王子やハニカミ王子の
ような運動能力を持った高校生はいただろうか?考えなければならないことは、子どもたち
の体力・運動能力の「格差」の広がりではないのか。
 一体、子どもの体力とはなんなんだろう。私なりに言えば将来、健康であるための基本的
な体の力、それは学ぶ力と同様「生きる力」の両輪だと思う。
 今や、この社会において、子どもは一人も欠かすことのできない財産であり、その財産に
「健康の確保」という先行投資の意味は十分にある。

                                                            文化・スポーツ課参事 柴山 能彦

No.14 2007年07月20日発行  【随想】-もうすぐ夏休み- 

 7月の3連休も終わり、道内の多くの学校では、来週から子どもたちが待ちに待っていた
夏休みが始まります。
 本州の中でも西の出身の私は、毎年お盆明けくらいまで遊び倒し、8月末になって両親
に叱られながら慌てて宿題をやっつけるという夏休みを送っていました。北海道では、8月
下旬に2学期が始まるので、大人たちがお盆休みでゆっくりしている時期に一生懸命夏休
みの宿題にいそしむ子どもたちも多いのではないでしょうか?
 夏休みの期間を全国的に見ると、本州でも西の方は8月いっぱいを夏休みの期間として
設定しているところが大多数ですが、北海道以外にも東北、信越などの積雪寒冷地域で
はお盆明けに2学期が始まり、その代わりに冬休みを長く設定しているところが多いようで
す。
 短いとはいえ、子どもたちの夏休みは1ヶ月以上もあり、大人から見ればうらやましい限
りです。先生方は子どもたちが休みの間も、授業改善に向けた取組や行事準備など、2学
期に向けて多くの仕事をこなしておられます。この期間を利用して校舎の補修や耐震補強
工事を行う学校もあります。
 約1ヶ月後、子どもたちは夏の日差しを浴びて一回りたくましくなって学校に戻ってきます
が、学校も夏の間に一回りパワーアップしていることに気がつくかな?

                                                                    教育政策課長 金光 謙一郎

No.15 2007年08月20日発行  【随想】「理不尽なクレーム」に思う

 保護者から学校への理不尽なクレームが増えている、と言う。モンスターペアレントなる
言葉が生まれているほどだから、事態は相当深刻である。
 某大手新聞紙上に紹介されていたが、「写真の中央に自分の子どもが写っていない」「
給食が必要だと言った覚えはないので、給食費は払わない」などの例を目にすると、その
過激さにぼう然とする。これでは、まず家庭における教育が心配になる。
  つい、最近多く報道されている親の我が子に対する虐待事件を思い浮かべ、嘆息してし
まう。だれかが、「冗談だよ。」と言って笑い飛ばしてくれたら、どんなにホッとすることか。
そんな気持ちにもなるジコチューぶりである。
 その一方で、指導力不足、不適格、ワイセツなど不名誉な冠の付いた「教員」の存在が
指摘され、糾弾されている。教育の専門家であるはずの教員の資質が疑われる話であり、
重大である。この場合、保護者をはじめ関係の方々が、その「教員」ばかりでなく学校や
教育行政機関に不安や不信、怒りを覚えるのはもっともなことである。
 でも、と思う。大多数の我が国の親たちや教員は、よき子育て、よき教育を願って、日々
懸命に努力しているのではないか、と。
 確かに、ここに取り上げた事例の保護者や「教員」への対策は、その悪影響が子どもた
ちに及ぶことを思えば、すばやく、しっかり立てられ、取り組まれる必要がある。それはそ
れとして、一部の特別な者の非をもって、すべてを問題視するのは早計であろう。木を見て
森を見ず、の戒めもある。愛情あふれる親と、志の高い教員の多いことを信じ、その懸命な
姿を認め、励まし、支えることこそ建設的であり、子どもたちの望むことではないか。
 もとより、初めから完璧な親も教師もいない。親と教員を経験した私自身を振り返ってみ
ても、日々の子育てや教育は、迷いと、悩みと、失敗の連続であった。試行錯誤を重ね、
反省し、自分の未熟に気付かされながら、周囲から教えられ、少しずつ成長できたように
思う。その過程を通じて、子どもを育てる楽しさや喜びも存分に味わえたのである。
 子どもはもちろん、親にも教員にも、成長するための時間を与え、見守ることが必要なの
だと、改めて思う。そしてその時間は、子どもを取り巻く周囲の関係者が、愛情を基盤に互
いに信頼関係で結ばれていることによって一層充実し、豊かな実りをもたらすことはまちが
いない。
 教育を支える底に流れるものは、子どもの教師に対する尊敬と信頼であり、同時に、教
師の子どもに対する信頼と期待である(ボルノー)と言う。価値観の揺らぐ難しい時代だか
らこそ、子育てや教育に携わる者は、この不易の教えをかみしめ、共有して、環境づくりに
努めていかなければならないと思う。

                              北海道立旭川美術館長 金丸 浩一


No.16 2007年09月21日発行 【随想】旅について

 秋は「芸術」「スポーツ」に親しむ候と言われますが、夏の暑さが過ぎて、木枯らしが吹く
までのこの季節はまた「旅」に向いている時期でもあります。
  生涯学習は、学ぶだけ習うだけではなく、旅行などの趣味を楽しむことも、知識を蓄える
という意味では、「学習」の親戚くらいになるのではないでしょうか。
 以前、道内JR全線の特急、急行、バスを7日間乗り降り自由の「北海道フリーパス」を
使って、1週間で道内全線を踏破したことがあります。
 また、「四国フリー切符」の3日間を試したことも、3泊とも寝台車でしたが札幌-鹿児島
を4日で往復したこともあります。
 日本は結構広いです。
  海、山、耕地に、家並みも様々。列車の旅は座っているだけで、日本のあらゆる風景が
目に飛び込んできます。
 生涯学習社会に参加するため、楽しみながら地理を学ぶ「旅」を秋の予定に入れてみて
はいかがでしょうか。
    
                               文化・スポーツ課長 小笠原 久美子


No.17 2007年10月19日発行  【随想】「体験と想像力」

 9月初旬、青少年の主張全道大会が札幌市内で開催され、休日勤務の振替を活用して、
ゆっくり半日、各管内代表の中学生の発表を聞く機会を得ました。
 感性豊かな力強い主張が繰り広げられ、いずれも聴衆を感動させる内容でしたが、その
中でも、身近な体験に根ざした具体的な主張に高い評価が与えられ、全国大会への切符を
手にしました。体験から学ぶことが少ないといわれる今日、納得のできる結果でした。
 ただ、私には、後志管内代表、岩内一中のSさんの発表がとりわけ心に残りました。S
さんは、家族に見守られ、暖かい環境で順調に育ち、勉学に励んできましたが、世界には
、飢えや病気で命を落とすたくさんの子どもたちが存在することを知り、そうした国や地
域で、子どもたちを助ける仕事に就きたいと思うようになり、成長するにしたがって、そ
の意志はますます強く、確かなものになってきたというのです。
 身近な課題や実体験に根ざしたものではありませんが、中学生として、幸せに育まれて
いく中で、世界の子どもたちに思いを寄せ、自身の一生をかけようと決意する姿に心を打
たれました。体験から学ぶことはもちろん必要ですが、体験できないことを想像する力も
大切だと思います。子どもたちが、自分自身のことに真剣に向き合うとともに、他人のこ
とにも心を働かせてくれるといいな、と思ったことでした。
 このことは、心の病に陥りがちな大人たちにも、あてはまることではないでしょうか。
                           
                                     福利課長 進藤 芳彦

No.18 2007年11月20日発行 【随想】「-冬支度-」
                                                                
 我が家の文字通り「ねこのひたい」ほどの花壇。
 ことしの夏は暑かった。毎日の水やりで水道のメーターもいつもより上がった。
 花は正直だ。毎朝の水やりと花がら摘みで美しく咲いてくれる。
 二日酔いの朝、花がら摘みをさぼる。いじけた花たちは、美しさを隠してしまう。
 ご機嫌をとるのに二日がかりとなる。やっと機嫌を直し、また美しさを取り戻してくれ
る。
  今年は9月いっぱいまで暑さが続いた。10月から急に寒くなった。
 花たちはそのボリュームを失う。手稲山にも初雪が降った。
  「今年もどうもありがとう。」話しかけながら、後片付けをする。
 花壇の色合いが急に寂しくなり、風に舞ってきた枯れ葉が主役になる。
 近所のおばあちゃんが立ち止まり、「今年も花はもうおしまいだね。いつも楽しみに見
させてもらっているんだよ。」と、話しかける。
 クロッカス、チューリップ、水仙、・・・・来年の雪解けの風景を思い浮かべ、冬支度
の手にも力がはいる。

                              学校安全・健康課参事   杉本 昭則

No.19 2007年12月20日発行 【随想】「希望の持てる教育」

 昔はおおよそバブル崩壊までは、一生懸命勉強していわゆるいい学校に入って卒業すれ
ばそれなりの企業や会社に就職でき、終身雇用と年功序列により生涯の生活がある程度は
保障されていた。学校現場でも特に高校では生徒に希望が持てるような進路指導が比較的
可能だった。
 ところがバブル崩壊後は消費者のニーズは多様化するとともに、物が過剰にあふれ何が
売れるのか分からなくなってきた。
 そこに求められるのは常に新しいものを創造する力、相手が何を欲しがっているのか察
知する力、クールなものを見極める能力が必要になっている。
 教育現場も同じで生徒の興味や関心は多様化するとともに、少子化であるにもかかわら
ず就職したくても出来ない時代が続いている。                   
 昔は単純労働に就いた若者でもその仕事が一生続いた訳ではなく徐々に仕事を覚える内
に複雑な仕事を任せられ管理的な立場にもなることはできた。ところが今の非正規雇用者
はマニュアル通りのスキルアップを必要としない単純労働であり、なかなかそこから抜け
出すことはできずいくら一生懸命やっても、仕事格差、収入格差がなくなることがない。
 そういうことを親も子供も知っており、ましてや子供が少なく親も成人した子供まで養
うことができるくらい豊かになっており、さらに親が健康であれば気に入った就職がなけ
れば無理して働く必要がないと考える家庭も多い。価値観が多様化しているだけでなくそ
ういう時代になっている。                            
 子供たちに希望の持てる教育を施すことは学校の責任であり、キャリア教育のねらいは
人間としての生き方の教育であり希望を持たせることではないか。
 単なる進路指導と呼ばれた時代からキャリア教育と呼ばれている時代背景をしっかり捉
えた教育をしなければ、ただ「教育内容が猫の目のように変わる」としか感じないことに
なる。

                                      新しい高校づくり推進室参事(改革推進) 黒田 信彦

No.20 2008年1月18日発行【随想】~独り言のすすめ~

2年間の単身生活から解放され、乱れていた生活リズムが正常に戻ったというのに、身に
付いた「独り言」が、しっかりと自分の生活に定着していました。
 朝の出勤時、公宅の玄関で、「よし、今日も元気で頑張るか、行ってきます」と誰もい
ない空間に向かって声に出している自分に気づき、「まずい、心の病に罹ったか」と思っ
ていましたが、それは単身生活にめげずに生きようとする「けなげな独り言」であったよ
うに思います。
 「仕事に行きたくないなあ」とか「難しい課題があるよなあ」とネガティブに考えてし
まい、テンションの下がる日もあるのですが、この「独り言」で気分転換になり、「よー
し、やるか」と前向きな気分で歩き出している自分が居ます。
 人間は高度に進化したように思いがちですが、実は至って単純な動物で、結局は自分の
気持ちの持ちようで行動が左右されることが多く、まずは仕事に取り組む前の心構えが大
切ではないかということです。
 ですから皆さんにも、「早寝・早起き・朝ごはん」を基本とした生活リズムを整えるこ
とと併せて、自分のモチベーションを高める「ポジティブな独り言」を是非お勧めします。

                                                   生涯学習課長 宮内 敏文

No.21 2008年2月21日発行【随想】-通勤風景-

 私の朝は、学校に向かう子ども達の後ろ姿から始まります。
 小学生は、何人かで、くっついたり離れたり、とても楽しそう。
 並んだときに「おはよう」と声をかけると、たいていは「お早うございます」と元気な
声が返ってきます。
 中学生は、流石に足早で追いつくことはできませんが、肩からカバンを下げて黙々と歩
く姿は頼もしく、横断歩道で立ち止まった時に声をかけると、戸惑った表情から一呼吸お
いて「お早うございます」としっかりとした挨拶が返ってきて、思わずニンマリしてしま
います。
 地下鉄駅の方から固まってやってくる高校生は数が多くて、まだ声をかけたことはあり
ませんが、自信に満ちた顔や寝不足気味の顔、さりげなく自己主張している服装等々、学
校にお邪魔した時に見かける表情とはまた違った一面を見せてくれます。
 かつては、私もこうして学校に通ったんだ。
 団塊の世代に続く私たちの世代。体育会系だった自分を主張したくて「下駄履き」に「
信玄袋」なんて格好で闊歩したこともあったっけ。そういえば、服装自由化なんてまだま
だ先の話だったよなー。なんて、遠い記憶を辿ってみたりもします。

 今朝も、出会った生徒達の様子から、日本の将来に想いを馳せ一喜一憂している。私の
1日が始まります。
                                                                              施設課長 松尾 裕


No.22 2008年3月21日発行【随想】-1年の始まりに-

 もう3月だ。
 「まだ3月か」という人は少ないように思う(カレンダー屋さん、お年玉を貰える子供
たち、海の家の経営者・・・などを除いては。)。
 3月は、私たちにとっては年度末。年度内に処理しなければならない仕事も多い(例え
ば送別会など?)。私も、もう3月だと心急いでいる一人である。
 3月というと、春はもうすぐだ。
 季節の始まりは春。春は何事も新しく始まる季節だ。特に子供たちにとっては、入学、
進学・進級あるいは就職など、人生の新しいページの始まりだ。希望に胸を踊らせている
ことだろう。
 ところで、季節は『春』から始まるのだろうか?
 日本語では春夏秋冬。春から始まる。英語ではseason。ラテン語のsatio『種を蒔くこ
と、種を蒔く季節』に由来し、フランス語のseson=saison(セゾン)を経てseasonにな
ったそうだ。   
 種を蒔くことから1年が始まる。ビバルディの『四季』の第一楽章も春。やはり、春は
四季の始まりであり、物事が新しく始まる季節のようだ。
 ようし、4月からは、子供たちに負けないように、新たな気持ちで頑張ろう。
 (決して、年度内に仕事をやり残したことの言い訳ではありません。)

注:チャイコフスキーのピアノ曲集『四季』は「1月~炉ばたにて」から始まる。『秋蒔
き小麦』という ものもあるが、本稿の論旨構成上、無視させていただきました。

                                                                     給与課長 浜名 浩二


No.23 2008年4月22日発行【随想】-生命-

  福祉の職場から教育へ異動して10ヶ月。        
 私の仕事を進めていく上での思いの原点は、これまで出会った重症児・者を支えている
方々の言葉。
 重度の肢体不自由と知的障がいの両方がある方を、重症心身障害児(者)と言う。
医療的なケアが必要な方も多く、入所施設もあるが、ご家族と一緒に在宅で生活されてい
る方もいる。
 ある施設長は、「重症児は他の人よりゆっくり成長していくんだよ。」と。
 あるお母さんは、「障がいが重くても、年頃になると、自分と年齢の近い人たちや異性
の友達と過ごす時間が楽しそうなのよ。だから、24時間親と一緒ではなく、通える場所
が必要なの。」と。
 知的障がい者福祉の父とも呼ばれ、また、西日本で最初の重症心身障害児施設「びわこ
学園」を創設した糸賀一雄先生の有名な言葉に、障がいの重い方々を指して「この子らを
世の光に」というのがある。
 障がいの重いこの子たちこそが、周りの人間に生命の輝きを気づかせてくれる存在。
 命が軽んじられていると思う今日。
 自分の思ったようにはならないことも多い世の中だけど、生き続けていくことで、誰も
が、ゆっくりでもその人なりに成長し、かけがえのない存在となっていけると信じていき
たい。
                                                                特別支援教育課長 内海 敏江

No.24 2008年5月21日発行【随想】朝型生活・朝ごはんのすすめ

  数日前、職場のエレベーターに乗ると後方の職員同士の会話で「今朝も歩いたの?」、
「うん」「朝食もしっかりとね」、「本当に元気だよね」という声が聞こえてきました。
 私は40歳後半まで典型的な夜型の生活をしており、不規則な食事や睡眠不足などによ
り脂肪が蓄積して肥満傾向になっていました。また、夜更かしをすると眠くてなかなか起
きられない、朝食を食べる時間がない、おまけに食欲も全くなくコーヒー一杯で出勤する
という生活を続けた結果、健康診断で指摘される項目が年々増えてきたので、一念発起し
、毎朝ウォーキングをするようになりました。人通りの少ない家の周りや公園を歩きなが
ら小鳥のさえずりや語りかけてくれてるような風の音を聞きながら朝日を浴び、朝のさわ
やかな空気を胸一杯に吸い込み、自然のエネルギーをいただいています。そうすると毎朝
見慣れている景色が不思議と日々違って見えてくるのです。             
 自宅に戻ってから食べる朝食は、四季の変化を体で感じることで、旬の野菜や果物等が
より一層おいしく味わうことができ、一日を大変うれしい気持ちでスタートできます。
 このような生活を始めてから九年目になりますが、体調もよく朝型の生活リズムの大切
さを感じております。                             
 昔から、「早起きは三文の得」といわれていますが、健康のため朝型の生活をされている
方も多いのではないでしょうか。今、夜型の生活をされている方も是非、週に一度でも朝
早く起きて、家の周りを散歩し、朝ごはんを食べてみてはいかがでしょうか。今までとは
違った世界が見えてくるはずです。また、朝ごはんをしっかり食べると頭がスッキリさえ
るとともに眠っている間に下がった体温がもどり、一日元気に動けますよ。私は、今日も
命の源である「朝食をいただけること」に感謝し行ってきまーす。
 
                                学校安全・健康課長 佐藤 憲次


No.25 2008年6月20日発行【随想】ウォーキング

 元々汗を流すのが好きで、30代はジョギング、40代は藻岩山が定番でしたが、中の
島の公宅を離れ、野幌に住むようになってからウォーキングを始め6年程になります。
 ジョギング・山歩き・ウォーキング、いずれも減量目的で始めたことですが、運動量と
摂取量のアンバランスで、相変わらずの高値安定が続いています。
 野幌探訪がきっかけで始めた約1時間の早朝ウォーキングは、今ではすっかり生活のリ
ズムとして定着し、吹雪など余程の悪天候でなければ欠かすことはありません。
 自宅を起点に開発した東西南北の4コースを、その日の気分で気ままに歩きますが、普
段の車生活では気付かないことが見えたり、ちょっとした仕事のアイディアが浮かんだり
と「歩くことの効用」を実感するようになってきました。
 道内では、例年、網走市や北見市が会場となる『でっかいどうオホーツクマーチ』をは
じめ、『北の都札幌ツーデーマーチ』や『函館ツーデーウォーク』など北海道マーチング
リーグの大会が開催されており、地域のイベントとして親しまれています。
 今年は参加してみようかと思いながら、今のところ山菜採りや魚釣りが優先で未だ実現
していませんが、いつの日かマーチングリーグへのデビューを果たしたいと思っています。

                                    文化・スポーツ課参事 森定 勝廣

No.26 2008年7月22日発行【随想】-夢に日付を-

 私は、上川管内で小学校の教員をしていた。揺らいだりつまずいたりしながら成長する
子どもと共にいた。お粗末な授業をしでかしたとき、自身の教材研究の未熟さを痛感した。
校内公開授業研究で授業者となったとき、明日の子どもの活躍を祈り黙礼して、深夜の
教室を出た。
 私は、教育局で指導主事の仕事をする機会を与えられた。学校訪問だけでも、400回は
超えているだろう。学校で授業参観や協議をしているときは、いつも、夢のように過ぎた。
帰路に就く車中では、助言の未熟さに反省しきりだった。また、授業者のひたむきに
取り組む姿を想起したり、「研究の足腰は弱かったあの学校が、ここまで進めてきたのか」
という思いが滲出したりしながら、今日の校内授業研究が明日の授業改善につながるこ
とを夢見た。
 私は今、本道の小中学校、地教委に「確かな学力を身に付けさせる改善計画の起動」を
強くお願いをしている。これまで、どの校長先生とお話をしても、どこの教育委員会の教
育長さんにお会いをしても、子どもたちが内蔵しているよさや可能性を最大限に引き出し、
伸長させたいという熱い思いを感じなかったことは一度もない。
 その思いを実現させるためには、「○○までに、◆◆となるよう、★★する。」と、すべて
の学校で子どもに架ける夢に日付を打ってほしいと考えている。夢は手の届かないもの、
叶わないもの、と決め込んでしまっては、何も始まらない。多少の障壁をものともせず、
その日に向かって夢中で進んでいきたい。
 その力の源泉は、すべては子どもたちのために向かおうとする情熱とやり抜こうとする
意志であろう。それらが学校・家庭・地域・教育委員会と幾重にもなって、気が付けば手
の届くところにその夢は迫ってくる。
 夢に日付を打ってみよう。叶わぬ夢はない。

                                   義務教育課長 菅沼  肇


No.27 2008年8月20日発行【随想】-少年野球-

 もう随分と前の話になるが、息子が小学校4年生の時に、中央区の「緑丘ホーマーズス
ポーツ少年団」に入団し、少年野球を始めることとなった。
 このチームの特徴は、指導者のほかに大勢のお父さんコーチがいることだ。
 私もコーチ兼スコアラーとして参画することとなったわけだが、シーズンともなると平
日は5時からの「朝練」、土・日は試合のため、「あちらの球場」、「こちらのグランド」
と結構ハードな日々が続くこととなる。
 小学生に野球を教えるということに関しては、もちろん指導者の知識・経験に基づいて
、ルールや技術的なことが練習を通じてコツコツと培われていく。
 一方で、知識・経験の乏しいお父さんコーチの役割は、練習がスムーズに進行するよう
、外野のネット張りやライン引きなどの準備もあるが、「大きな声で挨拶をしよう」とか
「バットやヘルメットはきちんと片づけること」といった、いまどきの子どもにとっては
苦手な分野に声がいってしまう。
 自分の子どもの躾に不十分な割には、(私だけか?)親父の身勝手さが時折顔を出して
しまうのだ。
 とは言え、さすがに毎日言われ続けると、親父の要求を満たしてくれる姿が頻繁に現れ
、お父さんコーチ陣はニンマリ。
 3年間、少年野球のコーチという立場を通じて、貴重な経験をした。
 まずは、いろいろな職業のお父さんコーチの方々と知り合うことができたことで、グラ
ンドのみならず、夜の異業種交流も活発で楽しいものであった。
 そして何と言っても、息子とともに白球を追いかけた時間の積み重ねが、お互いの心に
良き思い出として残っていることだ。
 現在27歳の息子をゴルフ練習場に連れていっているが、近いうちにコースに出ること
を楽しみにしている。
 大きな声で「フォアー!」っと叫ばれないように気をつけることとしよう。

                                      総務課長 戸澤 孝一


No.28 2008年9月19日発行【随想】 ラヂオゾンデ

 毎朝の通勤は、駅前通から西へ向かい、道庁別館へと歩く。
 ビルの谷間から、遠く植物園の原始の繁みの上に、白い風船が、小さくふわりと浮かび、
ゆらりゆらりとしながら、そしてひたすら上空へと昇っていくのが見える。毎朝8時30分
に気象台から揚げられるので、タイミングが合えば見ることができる。
 概ね東に流れるが、上空も様々に風が吹くので北へ行ったり南へ流されたりして、ビル
の谷間では、視界から外れることも多い。雲が低いとすぐ隠されてしまう。また、晴れて
いても、どんどん小さくなって5分もしないうちに見えなくなってしまう。
 この景色は、朝の楽しみのひとつで、見えると、くじにでも当たったように嬉しくなり、
子どもに帰ったような、空想をかき立てられるような気持ちになる。
 小さな箱(ラジオゾンデ)を吊り下げた白い風船は、上空の気温、湿度、風などを観測
するため、全国16カ所で毎日、定時に飛揚される。天気予報のためには、3次元的な気
象情報が必要であり、今では、上から(気象衛星)、下から(レーダー)観ることもでき
るようになっているが、ラジオゾンデは、「必要ならそこへ行って直接調べる」という単
純な発想といえる。とはいえ、観測機器を風船に付けてとばし、データを回収することが
できるようになるためには、技術、創造性、ねばり強さなど、先人のたゆまぬ努力の積み
重ねがあったはずである。
 そうした思いも載せながら、風船は今日も昇っていく。上空からは、我々が気付かない
様々なものが見え、人々に伝えたいことも多くあるのだろうが、風船は決められた情報だ
けを電波に載せてひたすら送り続けている。
 『不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心』
 大空に昇ってゆく白い風船を見るたびに、爽やかな気持ちにさせられる。道教委に勤務
させていただいている特典と感謝している。
 がんばれ白い風船

                                   学校教育局長 穂積 邦彦


No.29 2008年10月20日発行【随想】 ノーベル賞

 10月に入ってから、アメリカ発の金融危機や、株価の下落など社会不安を募らせるニ
ュースが多い中、2日連続して「日本人ノーベル賞受賞」という明るいニュースが飛び込
んできました。
 中でも、物理学賞を受賞された3人の皆さん(1人はアメリカ人とのことですが)は、
素粒子理論に関する研究での受賞ということで、「反粒子」だとか「対称性のゆらぎ」だ
とか6つの「クォーク」だとか、表現はどこか文学的ではありますが、その中身は大変難
しく、なかなか凡人には理解しがたいものであります。
 しかし、いろいろな解説によると、素粒子という物質の最小単位に関する研究が、夜空
を彩る星の世界、宇宙という壮大な世界の誕生の謎を解き明かす鍵になるということです
。まさに「神は細部に宿る」のでしょうか。物理学というよりも哲学の領域に近いような
、一種神秘的な想像を駆り立てるものがあります。
 また、これらの理論が発表されたのが1960年代、70年代ということで、コンピュ
ータがまだないといってもいい時代に、紙と鉛筆、チョークと黒板で考えたというのです
から、ガリレオもびっくりです。「実におもしろい。」と思います。
 これまでのノーベル賞受賞者数をみると、アメリカが圧倒的に多く、日本は7番目、ア
ジアの中では突出しております。しかし、日本のこれまでの受賞は過去の努力の結晶、頭
脳流出もあり、これからのことを危ぶむ声もあります。
 近年、子供たちの学力低下や理科離れが指摘されていますが、今の子供たちはIT機器
やゲームに慣れ親しんできた世代であります。
 そんな中からはノーベル賞のような成果は望むべくもないと考えるのか、いや、こんな
環境の中から、ひょっとするととてつもない研究の成果が出てくるかもしれないと考えら
れないのか。決して楽観視していい状況とは思いませんが、同時に、大いに期待もしたい
ところであります。
 しかし、そんな期待も、結論がでるのは何十年も先の話、今はただ「北海道初のノーベ
ル賞受賞」そんな記事が新聞の一面を飾る日を心待ちにしていたいと思います。
 (ちなみに、2008年度のイグ・ノーベル賞は北海道大学の中垣準教授らが受賞して
おりました。)

                             新しい高校づくり推進室長  岸  豊


No.30 2008年11月20日発行【随想】 年賀状の季節

 11月は、私にとって、年賀状の季節である。最近は、パソコンを使い電子メールなど
で年頭の挨拶をする人が増えたようだが、私は、年賀状の愛好者である。
 小学校1年生の時に、授業で作った版画の年賀状を今も作り続けている。初めは、芋版
だったと思うが、その後、ゴム版・木版となり、今は、シルクスクリーンで版画を作って
いる。小さい頃から年賀状のやり取りをしている人の中には、その版画を楽しみにしてい
る方もあるようで、今更やめることができない。そのような義務感よりも、子どもの頃か
らの習慣もあってか、1年に1回の版画づくりを楽しみながら年賀状を作っている。 
 年賀状づくりは、まず、この1月に届いた年賀状を読み返すことから始まる。その年賀
状の中には、教え子からのものもある。その中で、圧倒的に多いのは、養護学校での教え
子からのものである。
 教え子といっても、40歳を超える立派な大人である。その年賀状は、絵や貼り絵で表
現したもの、会社や施設でのできごとや今年の抱負などを文にしたものなど多様である。
家族の方が子どもの近況を知らせてくるものもあるが、ほとんどは、本人が自分で書いた
ものである。文字が抜けていたりもするが、内容は伝わってくる。
 私にとって、毎年届く年賀状は、今を一生懸命生きている教え子との大切なコミュニケ
ーションの手段となっている。
 今年は、どんな近況が書かれてくるのか、いろいろ想像しながら年賀状を読み返してい
る。

                                      教育指導監 高橋 裕


No.31 2008年12月19日発行【随想】 雪に思うこと

 暖かい日が続いていたが、ここ数日、寒さが続き、漸く雪が降り始め、師走を感じるよ
うになった。近年は、温暖化のためか、季節の「節」が、ぶれて来たように思えてならな
い。
 子どもの頃は、寒くなり雪が降ると妙に嬉しくて、ワクワクしたのを覚えている。特に、
なぜか男の子同士が競い合った屋根の上からのスキ-滑り、学校帰りの雪合戦、長靴
に縛り付けた雪スケ-ト、そして、急な坂でのそり滑りは、懐かしく思い出される。
 「冬は雪が降り寒いもの」それを当然として受け入れ、除雪は大変だが、賢く、雪で楽
しむことが、「どさんこ」だったと思う。豪雪で有名な羊諦山麓では、雪が少ないとジャガ
イモのできが良くないと聞く、また、雪や氷の催しもの、雪の冷熱を利用した空調、米や
野菜等の保存や日本酒の貯蔵が行われており、自然のすばらしさを知り、与えられた
地域で賢く、そして、楽しくしっかり生きることの大切さを改めて感じている。

                                    教育指導監 深澤 宗明


No.32 2009年1月21日発行【随想】 悪玉と善玉と、時々、ダイエット

 「何か運動してますか。少し体重を減らさないと、このままでは狭心症になりますよ」
ここ数年、血液検査の度に決まって医者から言われる言葉である。いわゆる悪玉コレステ
ロールが多くて、善玉コレステロールが少ないのである。原因は肥満と運動不足にある。
 医者のすすめもあり、薬を飲み始めて半年あまりになる。同時に一念発起し、ウォーキ
ングにも力を入れ始めた。食事は腹八分目と決めた。ところが、どちらも長続きせずダイ
エットの効果はほとんどない。それでも、先日血液検査をしたところ「悪玉」は安定し「
善玉」は増えているとのこと。投薬治療とウォーキングの効果だと医者は言う。
 数値が安定したことに気を良くし、私は一層ウォーキングにも力を入れ始めた。しかし
、長年怠惰な生活を送ってきた私には、ウォーキングをサボる口実はいくらでも見つかる
。楽をしたいという気持ちに打ち勝つことは容易ではない。私の中では「ウォーキング派
」と「楽をしたい派」の戦いが繰り広げられる。その結果、困ったことに最近は「楽をし
たい派」が優勢になりつつある…。
 かくして私の「悪玉と善玉と、時々、ダイエット」の日々はまだまだ続くのであった。

                             教育職員局参事(渉外) 日下  孝

No.33 2009年2月20日発行【随想】 「食べる」

 今、作家池波正太郎氏の食に関するエッセイを読んでいる。「食卓の風景」、「散歩の
時何か食べたくなって」等々。以前に読んだ本だが、書棚の中のこれらの本が目にとまり
、再度読み直すとこれがおもしろい。東京の銀座、浅草を中心に全国津々浦々のおいしい
ものを食べ歩いた体験談をエッセイにしたものである。とにもかくにも、食べることの大
好きな池波氏の心情や健啖家ぶりが伝わってきて、こちらまでお腹が空いてくる。かくも、
食べることへのこだわり、おいしいものへの飽くなき探求心に驚愕するばかりである。
 私はと言えば、食べること、食べ物について、ほとんど執着心というものがない。極端
に言えば、何でも良い。そこにある物をただ食べるだけである。
 エッセイの中にこのような一文がある。
 「われわれが食べる物の好みには、人それぞれの心情が強く深く影響している。これは
事実だ。」と。
 とすれば、食べ物にあまり興味を示さない私の精神構造と食との関わりはどのように解
釈すれば良いのだろうか。鈍感、無頓着、淡泊、さらに味覚音痴……。

 今、道教委では「早寝、早起き、朝ごはん」運動に取り組んでいる。私自身、早寝、早
起きは確実に実行しているのだが、朝ご飯となると恥ずかしながら守っていない。
 私は平日、朝ご飯は食べない。一杯のコーヒーのみである。反省はしているのだが、朝
からお腹に食べ物が入ると、どうも身体が重たくていけない。
 しかしながら、不思議なことに休日となると無性にお腹が空き、朝ご飯はしっかりと食
べている。これは一体どういうことなのか。いろいろ熟考した結果、一定の結論を得るこ
とができた。
 それは、平日であれば、朝から今日一日の仕事が気に掛かり、ああでもないこうでもな
いと考え込み、緊張(?)のあまり食欲に結びつかないのである。一方、休日ともなれば、
仕事から離れた開放感や安堵感からくる精神の安定が食欲の増進につながっているので
はないか。
 この考察について、是非とも皆様からご意見を伺いたい。

 普段、文章を書く機会がない私だが、やっとこさ文章を書き終えたので気がゆるみ、小
腹が空いた。
 「さて、何を食べようか……。」

                                   教育職員局長 巻渕 雄二


No.35 2009年4月21日発行【随想】 「感動」

 約2年前、留萌教育局勤務を命ぜられ、もう17年も経過した愛車に乗り一路、国道2
31号線を北上し、目的地である留萌市を目指した。6月という季節でもあり、左側に穏
やかな海を眺めながらの運転であった。231号線を走るのは初めてであったが、この後
、結構な回数を通うことになる。雪の時期はなかなかスリリングでもあった。
 単身生活の始まり。札幌での生活でお腹回りがちょっと気になりだした時期。このまま
好きな物ばかり食べたらどうなるのか。スーツを買わなくては。これは大変な問題である
。心機一転、週4回・1時間を目標にウオーキングを始めることとした。
 歩くコースは夜は街の中心街を、休みの日は夕日が美しいことで有名な黄金岬がある海
岸通りとした。
 お腹回りも徐々に細くなってきた10月下旬、夕食をすませ、公宅を出て、いつもの夜
のコースを歩き出した時、普段聞いたことのない変な鳴き声が聞こえてきた。空を見上げ
ると映画で見たシーンが。「く」の字の形。リーダーを先頭に左右に広がって飛んでいる
。“白鳥か”今でもそう思っている。足を進めるたびに、次々と飛んでくる。札幌では見
られない風景である。飛んできた団体は9団体、1団体の数は30~200羽位。それぞ
れの団体により飛んでいる高さも違う。飛んでいく方向も違う。公宅に戻ってきた。感動
がまだまだ続いていた。
 ウォーキングは楽をしたいという気持ちにめげず、今でも続けている。

                                総務政策局総務課参事 中村 清隆


No.36 2009年5月22日発行【随想】 「魚釣り」

 私の一番の趣味は「魚釣り」である。父が好きだったこともあり、我が家の軒先に竹の
延べ竿が1本吊されてあった。小学校入学前のことだったと思う。いきさつは記憶にない
が、父に餌のミミズをつけてもらい、隣近所の中学生に付き添われて、付近の小川に向か
った。岸辺には草木が茂り、適度な澱みも湛えている。程なく宿命的にか、銀色に輝く魚
がかかった。が、魚を釣り鉤からはずすこともできず、竿からぶら下げたまま、早く父に
見せたい一心で家まで走って帰った。生まれて初めて釣ったその魚が並々ならぬ大物に見
えたことは言うまでもなく、「ウグイ」という歴とした名の付いた魚であることを知った。
 これに味を占めた私はまた釣りに行きたがったのであろう。事故を心配し一計を案じた
両親は、畑で使う竿竹にたこ糸、木っ端の浮子、釘の釣り鉤という釣り道具一式を私に与
えた。私はといえば、水底が見える程に浅いコンクリート護岸の灌漑用水路で得意げに竿
を振ったが、もとより魚など釣れようはずもない。両親の目論見どおり、わたしの眼前か
ら「魚釣り」というものは消えかけた。
 ところが、私の狩猟民としての原始の血が騒いだのか、その後、釣りに行く父の背中を
追い続け、川や沼、そして海へと、今や釣りなしでは考えられない生活になってしまった
とは、何とも皮肉である。こんな釣りきちを間近で見てきたせいか、私の子どもたちは釣
りはしない。釣りの面白さを教えてくれた父も闘病中で、もう一緒に竿を振る機会はない
かも知れない。
 それでも、釣りを通して気が置けない友人や仲間もできた。今は一人黙然と海に向かい、
波や風、空や雲、月や星々に、ちっぽけな自分や人間の思い上がりを思い、妻が握って
くれたおにぎりに、家族や両親の来し方行く末を想う私である。こうして、これからも私は、
水中に長く伸びた一筋の糸を通じて、まだ見ぬ大魚との対話を続けていくことだろう。

                         教育職員局参事(行政管理・訟務) 成田 直彦


No.37 2009年6月22日発行【随想】 「両面思考」

 今、学校には、急激かつ急速な社会の変化、地方分権や規制緩和の中で、教育の質的
な転換の球や様々な複雑系になっている課題の球が投げ込まれている。
  それらの中には、次のように相反し、矛盾するように見えるものも少なくない。
・「教えること」と「学ぶこと」       ・「ゆとり」と「学力育成」
・「基礎基本の徹底」と「個性を生かす教育」 ・「子ども主体」と「教師主体」
・「開かれた学校」と「学校の安全管理」     ・「体験モード」と「内省モード」
・「自由」と「規律」            ・「個」と「全体」    
 これらの球を学校が受け止めて、判断を誤らず決め球として投げ返すには、ベースにな
る教育ビジョンの柱「自立・共生」と「検証・創造」の視点を踏まえ、二項対立的な側面
をうまく調和させながらまとまりのあるものに変換して課題を解決することが大事である
と考える。そのためには、まず、複眼的、多面的に分析・検討するという見方・考え方を
もつことが必要である。
 「智者の慮(りょ)は必ず利害に雑(まじ)う」
 この言葉は、「智者は、物事のマイナス面だけを考えず、その半面にプラスもあること
を考慮に入れる。また、反対に、プラス面だけを考えず、その半面にマイナス面もあるこ
とを考慮に入れる。」という意味である。
  これを教訓として、悪いことが起きた場合でも、プラス面を見出して努力していけば、
積極性が出てくる。また、順調に進んでいる場合でも、マイナス面を配慮していれば、災
難を最小限に食い止めるなど予防ができるものである。このような考え方は、中国の長い
歴史の中から生まれており、「両面思考」といわれている。よく考えてみるともともと事
物・現象の多くは相対立する要素から成り立っていて、一方があるから一方があり、対立
しながらもかかわり合い、絡み合っているといえる。
 すなわち、関係性を重視して判断をするから誤りが少ないということにつながるので理
解ができる。この「両面思考」は、先の様々な教育課題の球を解決する際の軸になるとと
もに、問題解決の連続である日常生活、生き方にかかわって、本質的なことを示唆してく
れるものと思っている。
 私自身も「両面思考」を意識し、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の確
保を行いつつ、新鮮で賞味期限が長く続くよう日々自己研鑽に努めていきたいと考えてい
る。

                                               学校教育局地域支援室参事    梶浦  仁


No.38 2009年7月21日発行【随想】 「夫婦共通の趣味?」

 今7月というのに、スッキリしない空模様の日が続いています。
 時に、「アラフォー」ならぬ「アラ還」(還暦前後の年代のこと。)間近な私は、「定年後
の楽しみに」と家内に誘われるまま、昨年から、集合住宅の小さな庭で、土を耕し、
花を育て、少しの野菜をつくることに休日を費やし、汗を流しています。
 今、いわゆる「庭いじり」にハマッていて、種をまき、芽が出て、苗を植え、花が咲き、
実る、そのために土をいじり、雑草をとる。これが思っていた以上に、楽しく、魅力的で、
その間は何も考えずに集中できることで、良い気分転換になっています。
 したがって、雨の休日などは、窓から庭を眺め、とても恨めしく思っているこの頃です。
 一方、「庭いじり」という家内と共通の趣味をもったことで、子どもたちが家の中心と
なったころから、長いこと途絶えがちだった私と家内との会話が復活してきています。
その会話自体は、まだまだ家内が師匠で、私が弟子といった感は否めませんが、
きっかけとなった「庭いじり」には感謝、感謝といったところでしょうか。
 夫婦共通の趣味?であった子育てもあと少し、新たに趣味となった「庭いじり」は、
子育てに代わって、夫婦間の潤滑油となってくれそうです。
 あした、天気にな~れ! 夏の暑い日は、子どもの頃の記憶にダブります。

                                学校安全・健康課参事 千葉 俊文


No.39 2009年8月21日発行【随想】 「高校生あっぱれ!」

 過日、福岡県で行われた「日本の次世代リーダー養成塾」に本道から参加した8名の高
校生の報告を聴く機会がありました。
 政治家、検察官、教師志望など、志豊かな勇士たちは、全国の高校生と過ごした2週間
の合宿生活の様子をはじめ、各界で活躍する著名な講師の講演や参加者による模擬国会の
開催など、多様な体験プログラムを通じて味わった感動を、興奮冷めやらぬ表情で語って
くれました。
 異口同音に、ディスカッションを通じて互いの考えを伝え合い、自らの考えや集団の考
えを発展させることの重要性を学んだこと、人生の先達の講話から、人間としての道徳性
をはじめ、世界平和の大切さや英語教育の必要性について深く考えたことなどの報告があ
りました。
 また、私を道教委の関係者と知るやいなや、「ディスカッションを中心とした学習の導
入」、「外部講師による講演と事後のディスカッションの実施」、「多様な体験活動の提
供」などについて、一層の充実を求める厳しい注文がありました。
 思わぬ「攻撃?」に少し驚きましたが、乾いたスポンジが水を一気に吸い込むような圧
倒的な感受性の豊かさや貪欲ともいえる向学心の現れに、「北海道の高校生あっぱれ!」
と、大変心強い思いをしたところです。
 新しい学習指導要領では、「言語活動」や「体験活動」の充実が重視されています。
 真摯な学習意欲を持つ多くの子どもたちの熱い期待にしっかりと応えなければなりませ
ん。

                              学校教育局高校教育課長 西崎  毅


No.40 2009年9月18日発行【随想】 「ある一日」

 朝起きて、まずは犬を連れて近所の散歩に…。
 犬の赴くまま(?)に、公園へ行ったり、川縁の土手に上がったりして1時間ほど歩くが、
犬が道草ばかり食うので、さっぱり運動にはならない。
 でも、犬を連れて歩くと案外と話しやすいもので、散歩の途中、同じように犬を連れて
散歩している人たちに会い、言葉を交わす。
 町内以外の人たちとも知り合いになったりして、自分の世界が少し広くなった気がして
満足な気持ちになる。
 となり近所のきれいな庭を眺めながら散歩から帰る。
 我が家の雑草だらけの小さな庭を眺め、何とかしなければ……。
 朝食後、木の枝葉に向かい、あっちを切りこっちを切りするが、とても剪定をしたとは
言えない。
 切りすぎ一回り小さくなった木を眺め、次に雑草取りをするが、腰を屈めての作業はか
なりきつい。
 3時間ほど庭いじりをして、今日はこの辺でよかろう!と自分で納得して家に入る。
 腰が痛い、足が痛い、体力不足、運動不足を痛感する。
 何か運動でもして身体を動かさなければと思う。
 メタボも気になる身体となってきており、何か運動して体力を維持しなければ…と頭は
思うが、身体が付いてこない。
 1年前は、何か運動をしようと一念発起して市民プールの回数券を買って通っていたが、
異動となり最後は回数券が残ってしまった。
 よし、プールへ行こう!と頭では思うが…今日は庭いじりで身体を動かしたから、この
次にしようと身体は拒否する。
 自分の無精さ、意志の弱さをつくづく自覚させられる。
 この次に…心も身体も拒否しないようChange!と思いながら一日が過ぎ去る。

                      生涯学習推進局文化・スポーツ課参事 北出 雄治
 

No.41 2009年10月22日発行【随想】 「慎重で細心で厳粛で荘厳な…」

 ジャズを聴くようになったのは就職して3年を過ぎた頃からだったろうか。中古レコード
屋や外盤コーナーに入りびたりになりながら、チック・コリアとキース・ジャレットと
ハービー・ハンコックと、そしてもっともっといっぱいの人たちのプレイを聴きあさって
いた。
 スピーカーから流れるピアノやキーボードやベースやドラムやホーンの音は、疲れた心
や体をいやすにはちょっとハードな雰囲気もあったが、その分、何となく大人びた気分を
味わうにはぴったりだった。
 ちょうど、CDが出現する直前の時代であり、30cm四方の厚紙のすきまから、重量感の
あるレコード盤を、傷の付かないように慎重に取り出して、細心の注意でターンテーブル
に乗せ針を落とすという一連の行為は、今のように片手でポンとディスクを放り込んでボ
タンを押す気軽さとは対極にあり、そうした行為自体が、これから対峙することとなる音
楽そのものに対して、一種独特の厳粛で荘厳な雰囲気を醸し出していたような気がする。

 先日、久しぶりに昔の曲が聴きたくなってレコード棚を探ってみたのだが、なつかしい
ジャケットが一枚一枚顔を出すごとに想い出がよみがえってきて、そのたびに、あいさつ
と昔話を交わしていくものだから、お目当てのアルバムにたどり着く頃には、その「慎重
で細心で厳粛で荘厳な」行為に取りかかる気がすっかり失せてしまっていたのは残念至極
だった。
 しかし、半日を棒に振った割には久しぶりに旧友に逢ったような充足感が残り、結果的
には楽しい休日となった気がする。それは、ひょっとしたら、あの時レコード棚の深い森
の中で逢っていたのは、旧友などではなく、真剣にレコード盤に聴き入っていたあの頃の
私自身であり、あの頃の若さや、あの頃の一途さや、あの頃の感情の高ぶりといったもの
だったからなのかもしれない。

 そんな中で気が付いた。昔のアルバムを訪ね歩くのに、いつも森の中に迷い込んでいる
訳にもいかないということに… ということで、我が家のレコードのCD化(デジタル化)
大作戦に手を付け始めた。いつ完了するか分からない遠大な作戦なのだが、これを口実に、
レコードという名の旧友と一人一人再会していくのが、私の休日の新たな楽しみとなる
のかもしれない。

                              総務政策局教職員課参事 寺脇 文康


No.42 2009年11月20日発行【随想】 「気配りは日本の国民性」

 最近では使われなくなった江戸しぐさのひとつに「傘かしげ」という言葉がある。雨の
日に狭い場所ですれ違うとき、滴で相手を濡らさぬように互いに傘を傾けることである。
何とも日本人の気配りを示す粋な言葉のひびきではないだろうか。
 明治の初め、東京大学の教授を務め大森貝塚を発見したことでも知られるアメリカの
生物学者モースの著書に、当時の日本人の品性をたたえた次のような一文がある。「どれ
だけ民衆が集まっても、けっして乱暴狼藉はしない。桜見物の群衆にも秩序というものが
ちゃんとある。これは、わが本国のアメリカでは見られないものである」というものである。
 また、近年、修学旅行で日本を訪れた北京市の高校の校長が、細かい気配りをする日本
人の国民性を称賛し、「中国は日本から学ぶべきだ」とする評論をブログに発表したとこ
ろ、共感が広がっているそうだ。この校長は日本人と接触し「中国人にはない、細部に見
られる特質」を感じたとした上で「自律的で社会に迷惑をかけない」ことを原則とする気
配りの国民性を称賛している。中国では、歴史的経緯から一般的に反日感情が強いとされ
ているが、このブログに寄せられた1,700件を超える反響のうち、「中国の教育に問題が
ある」などの賛成派が多数を占めていたという。
 このようなことから、「秩序を重んじ、社会に迷惑をかけない気配り」は、他国の人々
には見られない私たち日本人の誇るべき『国民性』であるということができるのではない
だろうか。
 しかし、最近、子供たちはもちろん、大人たちの言動においても「気配りの国民性」を
疑いたくなるような光景をしばしば目にする。列車の中で、周りの人の迷惑も省みず声高
に話す人たちや、本来、化粧室の鏡の前で行われるべき女性の身だしなみを公然としてい
る人等々…。はたして日本人の『国民性』は変わってしまったのだろうか。
 日本からの移民が多い南米でも、最近の日本人学校の子供たちの粗野な言動や高慢な
態度が目に付くという。「明治時代」が色濃く残っている日系人社会の人たちからは「日本
人の礼儀正しさはどこへ行ってしまったのだろう」「日本の教育はどうなってしまったん
だろう」という声が聞かれる。
  世界に誇れる「気配りの国民性」を今一度見つめ直し、しっかりと継承していくことも
教育の大切な機能のひとつではないだろうか。

                      新しい高校づくり推進室参事(改革推進) 中田  貢

No.43 2009年12月22日発行【随想】 「年末の我慢、我慢…」

 窓の外を見ると雪が積もり本格的な冬がついにきたかと思いながら、今年もあと2週間
しかないなあとブツブツ呟く。頭の隅に何か引っかかるものがある。どうも何か忘れている。
 何だろうとしばらく考えると、そういえば、年始めに今年こそは禁煙してやると目標
を立てたことを思い出してしまった。大体、正月気分で気が大きくなって決めた目標でも
あり、毎年、色々理由を付けて着手したためしがない。
 ところが、今回は、家の中や外では、絶えずアウェー状態や体のことも少し気になるこ
ともあるが、なぜかやらねばならぬと思い、禁煙を始めてしまった。長年の習慣を変える
ということは、かなりつらい。ましてや、忘年会シーズンのまっただ中で無謀な行為と思
いつつ、何事もやってみるのが大事と自分に言い聞かせ、とりあえず31日までは、我慢、
我慢・・イライライラ・・。
 ところで、イライラと言えば、十数年ほど前から「キレる」という言葉がよく使われる。
昨今は、子どもだけでなく「キレる大人」が増加し、各世代に広がっているとのこと。
学校でのモンスターペアレンツが有名だが、病院、駅などで大声で怒る人をたまに見かける。
よくやるなあと通り過ぎるが、ひょっとしたら自分もキレてモンスターに変身するの
ではないかと不安になる。
 ひとつの要因としては、主にストレスが、脳に影響を与え、理性、思考、判断等々の中枢
である大脳新皮質(一番外側の脳)の機能が低下し、本能的行動の中枢である大脳辺縁
系の制御ができなくなるとのこと。これを防ぐためには、不断に脳の活性化に努め、感性、
理性を磨くことが大切で、発達段階の子どもにとっては特に重要だとのこと。
 今の世の中、ストレスに立ち向かうには、さらに頭(特に右脳)を一所懸命に使わない
とだめなみたいで、怠ると先祖返りのサルに戻って「猿の惑星」状態になってしまうので
はと心配する。考えるだけでストレスがたまりそうだ。とりあえず、くたびれた脳に活を
入れながら、ストレスがたまらない程度に我慢を続けてみよう。

                     新しい高校づくり推進室参事(高校配置) 松山 拓男 


No.44 2010年1月21日発行【随想】「最近になって気になり始めたこと」

 今年も、年末・年始にかけて、恒例となっている忘年会、新年会の案内がきて職場や関
係機関など多くの方々と宴をともにさせていただく機会がありました。
 私も小遣いが細る中、案内を受けた会には、皆勤賞で参加させていただきました。
 この大変厳しい経済情勢の中、一つの会合当たり昔に比べ大幅に会費(単価)が下がっ
ているものの、参加できることは、何とも贅沢で大変恵まれているなと思っています。
 最近になって、気になり始めたこととして、参加した宴会での食べ残しの多さです。
 若い人たちと会食するときはあまり感じないのですが、同年配の人たちと会食するとき
は、それは顕著に現れます。
  何を言おう私も会食では、ビールでおなかがいっぱいになってしまい、出されたご馳走
に箸が進まないことも多くあります。しまいには、ちょっと飲み過ぎて次の日気分が優れ
ないことも度々あり、この次は気をつけようと、その時は反省したりもしています。
 最近は、食べ残すことがわかっている場合は、食べてくれる人に回して極力残食を少な
くする、家庭で食べてくれる人がいる場合には持ち帰ってもらう、はじめから量を少なく
して予約するなどの努力をしてみたりもしています。
 子ども達の食事や給食では残さないように指導しているのに、おじさん連中はちょっと
恥ずかしいかなと思ってみたりもします。
 日本の食糧自給率は40%程度、残りは諸外国からの輸入に頼っています。年々増加す
る世界の人口を支えるため、20年後には世界の農業生産を今の3倍にしなければならな
いという統計データもあり、食糧確保に向けて今後争奪戦が始まることが囁かれています。
 日本では、昔から客人をもてなすため、食べられないだけの豪華な食事を提供する文
化があります。
 客人を大切にする心は、それはそれとして日本のすばらしい文化であると思いますが、
このまま飽食文化を続けていくと、次の世代につけが回っていくのではないかと心配にな
ることがあります。
 戦後60年を経過し、食糧難の時代を経験している人たちが少なくなってきており、先
人達の努力により、現在は子ども達も含め飽食の時代が不思議に思わないほど豊かになり
ましたが、その反面メタボ対策や肥満児の対策なども社会問題として取り上げられていま
す。
 今の時代は、その国の経済力(国力)によって食糧確保が維持されているのが現実です。
 今後さらに世界では、人口が増え続けていくことがわかっており、既に発展途上国では、
多くの子ども達が餓死していっている現実があります。
 自分で食べる野菜ぐらい自分で育てるぐらいの努力が必要となる時代がもうそこまで来
ているのではないかと思います。
 生きていく上で必要不可欠である食料の大切さ、その基になる農業・水産業の大切さを、
日本の食糧基地である本道だからこそ、今、しっかり子ども達に教えていく必要がある
のではないかと思っている今日この頃です。

                                  教育職員局給与課長 林 秀樹

No.45 2010年2月22日発行【随想】「みぞれ酒」

 今年の2月4日は、二十四節季の「冬至」から数えて45日目で、寒さも峠を越して春の気
配が立ち始める頃ということから「立春」となっていますが、上川支庁管内の占冠村で氷
点下33.3度と、猛烈な冷え込みを記録したとのニュースがありました。公式観測記録では、
昭和6年1月27日に上川管内美深町で氷点下41.5度という記録があります。
 私は釧路出身で、さすがにそこまでの寒さを体験したことがありませんが、それでも昔
は今よりも寒く、氷点下20度前後は常のような感じがしておりました。子どもの頃は、内
風呂などなく、冬は銭湯の帰りに濡れ手ぬぐいを振り回してシバレたものを刀に見立てて
遊びながら家に帰り、洗い髪もシバレあがっているということが日常でした。
 最近のテレビや新聞などで、氷点下の世界のようなものがよく取り上げられております。
柔らかい豆腐やバナナを凍らせると五寸釘を打ち付ける事が出来たり、シャボン玉が割
れずにそのまま薄い氷の玉となったり、自然界ではダイヤモンドダストやサンピラー、湖
などの御神渡(おみわたり)などがよく紹介されております。
 興味を持って調べてみますと、氷点下20度では眉毛やひげに霜が付き顔を出して歩けな
い、24度では醤油が凍る、40度では小鳥やカラスが凍死して落ちる、50度では吐く息がす
ぐに凍ってさらさらと音をたてて落ちる(シベリアではこれを「星のささやき」と呼んで
いる。)などなど。
 さらに、私が最も気になるお酒についてですが、アルコール自体は氷点下100度でも凍
らない様ですが、お酒は、そのアルコール度数によって凍る温度が違い、おおむねアルコ
ール度数にマイナスを付けた温度といわれているようです。例えば日本酒の場合では、ア
ルコール度数が14度から20度くらいですので、氷点下15度以下が凍る温度となるようです。
因みに凍らせてシャーベット状になったものが「みぞれ酒」とか。
 近年、人口の高齢化や少子化傾向のため、また、パソコンやテレビゲームなどで子ども
たちが外で元気に遊ぶ光景を見かけることが少なくなったといわれていますが、我が家の
周りは新興住宅地のため若い家庭が多く、また、家の向かいにある公園にはスキーやそり
で遊ぶことができる築山(つきやま)があるため、祝祭日には子どもたちの声が賑やかに
響き渡っております。私も子どもが小さいときは、かまくらつくりやスキー・スケートな
どで一緒に遊んでもらい汗しており、それなりの体型(?)を維持しておりましたが、最近では、
通勤以外は、犬の散歩に動くのがやっとの状態です。
 ベルトの穴も一つ二つ増えてきた今日このごろ、健康管理には心を配らなくてはなりま
せんね。さぁて、週末はメタボ解消を兼ねて、家の周りの除雪に汗しましょうか。
 でも、汗をかいた後のビールは格別で、凍てつく夜は熱々のお鍋にみぞれ酒が・・・。

                          学校教育局特別支援教育課長 笹山 幸弘


No.46 2010年3月23日発行【随想】「アナウンサーの「名言」

 バンクーバーオリンピック、スピードスケート最後の種目で女子パシュートが行われた。
日本時間では、日曜日の朝のレースだったので、日本とドイツの決勝戦をテレビで観戦
した人は多いはずだ。パシュートとは、1チーム4人で編成され、3人が滑る団体追い抜
き競技である。2チームで争い、スタートは半周ずれた位置から同時に行う。1周が400
メートルのリンクを男子は8周、女子は6周し、相手を追い抜くか最後尾の選手が、先に
ゴールすると勝ちとなるもので、前回のトリノオリンピックから正式種目となっている。
レースに出る機会はなかったものの、4人の中に中学生でオリンピック出場を果たした
高木美帆選手も加わっていた。
 ラスト1周までは、日本はドイツを1秒リードしていたが、結果は100分の2秒差で
2位、銀メダルとなった。距離にすると26.25センチだそうだ。
 ラスト1周を知らせる鐘がなった時、「鐘が鳴る。鐘が鳴る。金メダルへの鐘が鳴る。」
と叫ぶような声で、NHKの石川洋アナウンサーが実況した。
 その瞬間、私は、38年前の札幌オリンピックにタイムスリップした。70メートル級
ジャンプの実況中継を思い出したのだ。笠谷、金野、青地の3選手が、それぞれ金、銀、
銅メダルを獲得し、日本勢が表彰台を独占した。2本目のジャンプで、アナウンサーは
「さあ笠谷、金メダルへのジャンプ。飛んだ。決まった。」とアナウンスした。笠谷選手が
スタートを切る時「さあ笠谷」、ジャンプ台を踏み切る時「金メダルへのジャンプ」、2~3
秒空中を飛び、世界一美しいと言われたテレマーク姿勢で着地した時「飛んだ、決まった」
と実況は流れるように続いた。金メダルへのジャンプが現実となったのだ。
 実況したのは、すでに亡くなったNHKの北出五郎アナウンサーであった。平成15年
2月28日の読売新聞によると、「世界中の青空を全部東京に持ってきてしまったような、
素晴らしい秋日和でございます。」という東京オリンピックの開会式のアナウンスもそう
だった。大相撲の「墨田の川面にやぐら太鼓のバチ音が響いて、風薫る夏場所の初日で
ございます。」も放送史に残るものだそうだ。生前、「実況中継は、その場で見たこと、
感じたことをしゃべる。人の気づかぬところも見つめるセンスと、常に勉強が必要である。」
と語っていたという。数多くの経験に裏打ちされた重たい言葉である。
 もし、パシュートで日本チームが優勝していたら、文字通り「金メダルへの鐘」が鳴った
ことになる。100分の2秒という僅かな時間が、「名言」の金メダルを銀メダルにしたのかも
しれない。しかし、実況の石川アナウンサーは、スポーツアナウンサーとして数多くの中継を
担当し、北京オリンピックの水泳、北島康介選手が金メダルとなった時のアナウンサーとして、
すでに「名言」を残していた。まさに現役の金メダリストなのだ。

                             生涯学習推進局生涯学習課長 阿部 豊

 

No.47 2010年4月23日発行【随想】「継続するって難しい?」

 「来た、来た。」「こっちにも・・・。」 今年もまた、仕事の帰り途、ジョギングをして
いる人とすれ違うことが多くなってきた。時には、後ろから子供が追いかけていたり、ご主人
とおぼしき方が自転車で伴走していたりと、微笑ましい光景を目にすることもある。
 我が国で週1回以上運動・スポーツを行う者の割合を年代別でみると、60代が最も高く、
また、30、40代に比べ、60代や70代のほうが高いという結果になっている。
 薄暗いので判然としないが、ふだん運動する時間がなかなか取れそうにない年代のよう
であり、健康意識の高まりの中、気軽で、運動不足の解消になるとの思いから、春を待っ
て始めた方々も多いと思う。先日、久しぶりに会った友人も仕事を終えてから自宅周辺を
走っているという。
 一方、「生涯にわたるスポーツ活動の促進」を進めている私自身は、ウォーキングぐらい
しかできず、日々反省ばかりの状況なので、すれ違うたび、思わず心の中で「ファイト!」と
応援してしまう。
 ただ、夏が訪れる頃までに、あんなに多かったご近所ジョガーが少なくなってくるのが気
がかりだ。新学期や新年度が始まり、新たな意欲に燃えるこの時期、テレビの語学講座で
は、4月号テキストの販売数量が最も多くなり、その後5月6月と減少すると聞いたことがあ
ったけれど、私としては、単に彼らの走る時間帯やルートが変わっただけなのだと思いたい。
              

                     生涯学習推進局文化・スポーツ課長  岡 村 眞規子

 

No.48 2010年5月21日発行【随想】「ボンズも楽し」

 ここ数年、私、家内、バロン(犬)が連れだって小樽や石狩などの港に釣りに行くこと
が、休日における我が家の主要行事となっている。他にやることが無いわけではないが、
兎に角、海が大荒れで危険でない限り、多少の雨でも釣りに行っている。某業界紙の釣り
情報を基に場所を決め、人間様のオニギリと、バロンのおやつを持って出かけるのである

 しかし、昔、仲間と夜中に釣り場に到着し、翌朝まで夜を徹して釣りに興じたのとは違
い、陽が高くなってから出かけるので、釣果を得られるのは極めて稀である。一応、時期
、場所に応じ、カレイ、イカ、ソイなどターゲットを決めて行っているで、何回もボンズ
が続くと、さすがに悔しくなることもあるが、それでも海は楽しい。山奥で生まれ育った
ので、海には特別な憧れがあるのだと思う。
 最初、しぶしぶ付き合っていた家内も、今では一端の釣り師になってきた。風や波情報
をインターネットで調べ、休日の釣行を楽しみにしている。釣果追求が厳しくて閉口した
時期もあったが、今では魚を捌く必要の無いボンズを楽しんでいる。
 バロンは、ある釣り場で、釣り餌を盗み食いしたところ、針が唇に刺さり、病院で大騒
ぎして抜いてもらったことも忘れ、おやつ欲しさに我々と釣行を重ねている。
 定年後も夫婦共通の趣味として続き、潤滑油となってくれることを望んで止まない。

                                                      総務政策局施設課長 佐 藤 淳 司

 

No.49 2010年7月22日発行【随想】「2年間の単身赴任生活を終え…」

 平成20年4月から平成22年3月までの2年間、初めての単身赴任生活を網走教育局
(現オホーツク教育局)で経験した。独身時代が長かったため、食事の支度等については
、心配はなかったが、妻に体調管理については、十分注意するよう言われていた。
 生来の酒好き及び意志薄弱のため、酒量が徐々に増え始め、これではいけない、体調管
理のため何とかしなければと悩んでいたところ、本庁主事時代から20年来つきあいのあ
るS課長に、「体調管理、健康増進が図られるし、夜間の全体練習の後は、焼き肉とビー
ルがつきますから、駅伝部に入りましょう。」と、そそのかされて、教育局駅伝部に所属
した。
 練習後のビールは非常にうまく、酒量の減にはなかなか繋がらなかったが、時間がある
ので、とりあえず一人で走ることにする。タイムがよくなるとうれしくなり早朝の自主ト
レも積極的に行うようになる。早寝早起が習慣となり、いつのまにか酒量が減り、なんと
体重も減りだし、ぽっこりしていた腹も凹んでくる。さらにはタイムも良くなるという好
循環。
 ついには、局の若手職員を押さえ、網走市駅伝大会に2年続けて出場、アンカーを勤め
させていただいた。ちなみに2年間で6キロ弱を24分前半(駅伝記録)で走れるように
なった上、約3キロも痩せ、腹も凹んだ。
 しかし、本庁に異動後わずか3ヶ月で、原因は十分理解しているが、しっかりと「ぽっ
こり腹」が戻ってきた。じっと腹を眺め、意志薄弱を嘆きつつ、酒量を減らそうか、それ
とも、ジョギングを再開しようか、苦悶する毎日である。

                                                          総務政策局教職員課長 宇田 賢治

 
No.50 2010年8月24日発行【随想】「孫娘」

 6月2日、初孫が生まれた。娘は逆子が直らず帝王切開での出産を決めていたが、お産
のため里帰りした翌日に切迫早産で入院。今時珍しいが、最後まで男なのか女なのか判ら
なかった。そうして、とうとう生まれた。
 「女の子」
 およそ2,700グラムで退院。いつも寝ている8畳間を1か月余り明け渡すことにな
った。ばばは慣れた手つきで抱きあやしているが、じじは思いのほか小さく華奢な孫娘を
初めは恐ろしくてなかなか抱けなかった。ようやく抱っこするのも慣れたころ、帰ってい
った。
 娘からの写メールは小さくてかわいさ半減、お盆に来るというのでデジカメを新調し、
待ちかまえることにした。生後、2か月半になって、泣き声も使い分けるようになってい
た。お腹がすいたといっては泣き、眠たいといっては泣き、相手をしてほしいときは、甘
えた声で泣く。泣いてもぐずってもかわいい。「今のは誰?」と周囲の大人を惑わすほど
のブーをしてもかわいい。あやすと笑うので、また、かわいい。まさに「じじ、ばば殺し
」の笑顔。
 3日程の滞在、気がつけば、撮った写真は優に100枚を超えていた。孫娘を見送った
あと撮した写真を引き伸ばし、机上に並べて眺め入り「じじとばば」はニヤニヤ。そして
、健やかに育ってほしいと願いつつ、お盆休みが終わる。

                                         総務政策局教職員課制度担当課長  間宮 晶洋


No.51 2010年9月24日発行【随想】「一人の大人として」

 この4月、義務教育課勤務となった。それに伴い、毎日の通勤には、市電を利用するこ
とになった。市電は、かつて通勤に利用したことがある地下鉄に比べると、スピードが遅
く、かつ狭く感じられる。しかし、道行く人の様子や街の景色、ネオンの輝きなどが目を
楽しませてくれるというよさも感じている。
  6月の終わり頃、すすきの行きの混み合っていた市電に、西8丁目の停留所で、おばあ
さんが乗ってきた。そして、そのおばあさんは、ちょうど座っていた女子高校生の前の吊
革をつかんで立つことになった。市電の最後尾に立っていた私は、どうなるのかなと思い
、その後の様子をさりげなく見ていた。その女子高校生は、初めは、うつむいていたが、
意を決したように立ち上がり、おばあさんに席を譲った。そのおばあさんは、何度もお辞
儀をして座った。座ってからも、お辞儀をしていた。女子高校生の顔は、照れくさそうに
微笑んでいた。若者のマナーの悪さが指摘されることが多い中、「札幌の女子高校生は、
まんざらではないな」と、うれしい思いを抱かせてもらった一コマであった。
  先月末にも、同じような場面に出会った。混み合った電車に、見るからに疲れたような
おじいさんが乗ってきて、男子高校生の前に立った。その男子高校生も、最初は、困った
ようにもじもじしていたが、突然立ち上がり、席を譲ろうとして、おじいさんに話しかけ
た。しかし、おじいさんは断ったようで、座らなかった。男子高校生は、徐々に怒ったよ
うな顔になり、お客さんの間を縫って前の方に進み、次の停留所で下りていってしまった
。そのおじいさんは、その後も立ったままであったので、混み合ってはいたものの、そこ
はずっと空席のままであった。
  席を譲られたおじいさんには、座ることができない理由があったのかも知れない。しか
し、その場面を見ていた私は、座ってあげてほしかったと思わずにはいられなかった。一
見すると、席を譲るというささやかな行為だが、その男子高校生にとっては勇気のいる行
動であったと思うからだ。おじいさんが、そのまま座ってあげていれば、善行の一つとし
て終わる場面であったのだ。お年寄りへの親切心で行おうとした行為が、無惨な結果にな
ってしまった残念な一コマであった。
  私は、これまで、市電の中で一度も席を譲られたことはない。それは、お年寄りと思わ
れていないためなのか、席を譲りたいと思える存在ではないためなのか、定かではない。
しかし、今後は、一人の大人として、若者から席を譲られた時などには、若者の気持ちに
応えるためにも、感謝の気持ちを表しながら、喜んで厚意を受け入れることにしようと、
今、強く思っている。

                          学校教育局義務教育課地域支援担当課長 大井川 学


No.52 2010年10月22日発行【随想】「体力の維持」 

  近頃、加齢のせいか体力の衰えを感じ、足と腰に違和感を覚え病院に行ってみると、診
察の結果、50代によくでる症状と言われ、安心していいのやら少し残念で複雑な気持ち
である。
 なんとか今の体力を維持しようと、スポーツジムや通販のトレーニング器具で鍛えるこ
とも考えてみたが、諸処の事情と自分の性格からして続けられそうもない。そんな中、と
ある上司から「歩数計」を勧められ、6月から毎日ズボンのポケットに忍ばせている。こ
の歩数計は、歩いた時間、距離、カロリー消費量まで分かるので、毎日家に帰ったら、自
分が設定した目標を達成したかどうかを見ては、満足感を覚えたり、ときに反省したりし
ている。   
 歩数計を身につけて4ヵ月あまりになるが、普段どおりの生活をしているだけなのに、
運動への意識が変わってきていることに気づいた。
 休みの日になると、平日約1万歩(約100分)を歩いているのに、何の予定もなく家
でゴロゴロしていると1千歩にも届いていないので、これまでになく家事を手伝うように
なっているのである。
 これからは、歩数目標を少しずつ高めながら歩くことと、他の運動・スポーツも楽しん
でやろうと思う。
  徳島県では、子どもたちの体力・運動能力が低迷していることから、運動に親しむ機会
を増やそうと小学校5、6年生を対象に「歩数計」を貸与する取組を進め、同時に、歩い
た距離で四国遍路を疑似体験できる地図も配布する予定であるという新聞記事を目にした
。北海道も子どもたちの体力・運動能力は、全国平均に比べ総じて低下の傾向が続いてい
る。
 大人も子ども一緒に、「歩数計」を付けるかどうかは別にして、まずは、歩くという身
近なところから、体を動かすことを習慣付け、体力の維持・向上に取り組んでみませんか

                                      学校教育局健康・体育課長 追 分  泰


No.53 2010年11月22日発行【随想】「生物多様性に想う」 

  2010年も残すところ1ヶ月あまりとなりました。今年は「国際生物多様性年」でし
た。先月は名古屋市で「COP10(生物多様性条約第10回締結国会議)」が開催され、
179の国や地域から1万5千人もの人々が集まり、熱い議論が交わされたとの報道があ
りました。私は前の部署で「生物多様性保全の森林」を担当し、希少野生動植物の保全や
生態系の維持などに関わっていたこともあり、「COP10」の成功を期待し注目もしてい
たのですが、折しも同時期に発生した国内外の事件や問題がセンセーショナルに報道され
ていたのに比べて、会議の重要性やその成果が大きかった割には、今ひとつ盛り上がった
報道にはなっていなかったように感じました。
  地球上には3千万種から1億種にも及ぶ多様な生物が生きていると言われていますが、
一方で1年に4万種もの生物が絶滅しており、その原因のほとんどは、生物の一つにすぎ
ない人間の活動が引き起こしていることが明らかとなっています。また、絶滅する速度は
自然な状態に比べ1,000倍に達しているとも言われています。生態系へのダメージは計り
知れず、当然のことながら、人間の生存そのものに関わる喫緊の課題でもあります。
 「生物多様性」のイメージの広がりのせいでしょうか、「多様性」という言葉が、日常
生活の中で頻繁に用いられるようになったと思います。自然界同様、人間社会の中でも「
多様性」を尊重することが大切なことであると認識されています。ひとり一人の個性を認
め合い、互いに尊重し、良好な人間関係を築いていくことが大切であると誰もが感じてい
るはずです。しかし、現実は必ずしもそうなってはいない様です。個性的であれと主張し
ながら、極力無駄を省き、効率化・マニュアル化を進め、行動パターンの均一化に向かう
現代社会の矛盾。子どもたちもおそらく生物的本能から、「安心して生息できる場所(居
場所)」を求めているのでしょうが、それは家庭や学校では見つけられず、携帯メールの
世界が唯一の居場所であるかのようなネット社会の現状。「君は君のままでいい!」と言
われてもどうしたらいいのか自信の持てない子どもたちが多いのです。
 「生物多様性」の保全に取り組むとき、生物学、環境社会学など科学的な研究に根拠を
求めるのは当然ですが、今はもう、「なぜ」生物多様性が必要なのかではなく、「どのよ
うにして」生物多様性を守るのかに重点を置くべきときです。「多様性」の大切さについ
ては、私たちはすでに十分に感性で受け止めているのです。今こそ具体的なアクションを
起こすときであり、子どもたちに豊かな感性を育み、行動する勇気と方法を伝えるのは、
まさに学校や家庭、地域での教育が果たすべき役割なのではないでしょうか。
 私たち大人が、自然や生き物を大切にした多様性豊かな社会づくりの必要性を肌で感じ
取り、ささやかなことでもたゆまず実践し、積み重ねていくことにより、現代社会の僅か
な変革とともに、そこに暮らす私たちも、未来を担う子どもたちも変わっていけるのでは
ないかと思うのです。そこでは子どもたちが渇望する「居場所」も守られていることでし
ょう。こうした持続的な営みが未来への可能性につながるプロセスであり、「進化」とい
うことなのかもしれません。

                               学校教育局参事(生徒指導・学校安全) 石堂 普之


No.54 2010年12月22日発行【随想】「またひとつ」 

  師走に入り、あわただしい時期となり、今年も残りわずかとなった。当たり前のことだ
が、新たな年を迎えると、また一つ年をとり、少しずつアラ還世代に近づいていく。よく
聞く話であるが、老後(定年後)の暮らし方については、何か自分の時間を過ごせる趣味
や活動を見つけるのが大切であり、数年前からの準備が必要であると言われている。
 そのようなことを気にしたわけではないが、一昨年から20数年ぶりにテニスを始めた
。それまでは、日頃の運動不足の解消にスポーツジムに通っていたが、ランニングマシー
ンや筋トレなどは楽しみながらというより、半ば義務的に続けていく感じであった。何か
ゲーム的に楽しめるスポーツをしてみたいと思うようになり、市の体育館の講習会に週1
回参加することとなった。1クラス10名程度であるが、わたしよりも年配の方も何名も
おり、70歳を過ぎた方も元気にプレイしている。ラケットの性能が飛躍的に向上してお
り、打ち方やプレイの仕方も昔と変わっており、とまどいながらも何とか続けているとこ
ろである。講習会には主婦の方や民間会社に勤務する方、定年された方など、年齢、性別
、職歴など様々な方々が参加している。夜の宴会などでいろいろな話をしたり、交流の幅
も広がり、今やプライベートでの楽しみな時間となっている。生涯スポーツではないが、
けがに気をつけながら、老後の楽しみにもなるよう、長く続けていきたいものである。
  また、最近は顔を出す機会が少なくなったが、数年間からボランティア活動にも参加し
ている。家の近くにコドモックル(道立子ども医療・療育センター)ができ、入院してい
る子供に付き添う家族のために、日本マクドナルドの財団が設置した宿泊施設(ドナルド
マクドナルドハウス)にボランティアとして参加していた。月に2回程度の活動であり、
負担も軽いことから、少しでも病気の子供たちや家族のためになればと思い、パソコンな
どの事務仕事を手伝っていた。札幌の他に全国に6カ所のハウスがあるが、どこのハウス
も、基本的にはボランティアの人たちが運営の中心を担っている。部屋の清掃などは宿泊
者各自が行うが、共用スペースの掃除やベッドメイキング、チェックイン・チェックアウ
ト業務、電話応対などをボランティアが行っており、札幌のハウスは主婦の方々を中心に
150名以上のボランティアによりサポートされている。利用者からは、宿泊費が安いこ
と、病気の子供を持つ同じ立場の人達と話ができること、ボランティアの対応が優しいこ
となど、感謝する声が多く聞こえてくる。運営費などは、企業や個人からの寄付により支
えられており、マクドナルドにも募金箱が設置されているので、このような施設が少しで
も長く続いていけるように、機会があれば、ハンバーガーのおつりでも寄付いただければ
と思う。
  まだ先のことかもしれないが、老いてもなお楽しく、充実した時を過ごすためには、自
身の健康と社会的なつきあいや様々な人達との交流を続けることが大切なのかもしれない

 まずは、冬期間の運動不足解消のため、少しでも体を動かす時間を確保せねばと思いな
がら、暴飲暴食やごろ寝の誘惑が多い年末年始を迎える。
 皆様方も穏やかな新年をお迎え下さい。

                         新しい高校づくり推進室参事(高校配置) 小野寺 一郎


No.55 2011年1月21日発行【随想】「本を「聴いて」みる」 

   先日、映画「ノルウエイの森」を観ました。ここのところハリウッド映画やテレビ番組
とタイアップした邦画くらいしか観ていなかった僕にとっては、派手な演出や音響のない
、雨の音と風の音と波の音の中で淡々と科白が語られる展開は、新鮮で緊張感があり、原
作を読んだ時に意識の縁のあたりで感じた戸惑いや不安にゆったりと浸っている感覚が再
現される、そんな映画でした。
 映画を観る前に、原作を改めて読んでおこうと思い、本棚の奥から赤と緑の上下巻2冊
を取りだすと、それは1988年刷で約20年ぶりということになります。僕自身が30
歳前後で読んでいたわけで、50を超えた今、改めて文字だけを読んでみると、記憶やイ
メージが何か違っていて妙な感じです。きっと、この間、仕事で培った?頭の固さと感受
性の衰えのせいかと思います。
 それでも、本の中に出てくる音楽を聴いたり、心の中で再生すると、物語の記憶は確実
によみがえり、初めて読んだ時にイメージした情景が浮かんできます。物語の核となるシ
ーンでは、ビル・エヴァンスのWaltz For Debbyが部屋の中で流れているわけで、静かで
ちょっと物悲しくも決して悲観的ではない場面が想像できます。(映画では、このシーン
はずっと雨の音だった)
 村上春樹氏の他の作品の中でも、例えば「国境の南、太陽の西」など、いくつかのシー
ンは僕にとって音楽と一体となってイメージが確定されています。その多くは、ジャズの
珠玉の名曲とともにあります。僕は若い時、あまりジャズは聞きませんでしたが、ここ1
0年ほどは、好きなギタリストの影響もあって、チャーリーパーカー、アートブレイキー
などアドリブ全開のビ・バップやその後のちょっとメロディアスなハードバップがお気に
入りですが、これとは別に、ジャンルを問わず村上春樹氏の本に出てくる曲を聴いてみて
、良質なジャズに出会うことができました。
 今回、改めて「ノルウエイの森」を読んでみて、前に読んだ時の記憶はまったくないの
ですが、ある登場人物がギターでバッハのフーガを奏でるシーンがありました。ギターで
弾くとどんな感じになるのかイメージがわかなくて、某動画サイトで検索すると、ロシア
人(プロなのか素人なのかまったくわかりませんが)の動画がありました。結構イイ感じ
です。今後は、ちょっとこの系統も探ってみようかと思います。皆さんも、たまに本を「
聴いて」みませんか。楽しいですよ。

                                    教育職員局参事(渉外) 村上 明寛
 

No.56 2011年2月22日発行【随想】「春はもうすぐ、そこまできている」 

   私が担当する仕事の一つに訴訟事務があり、月に何度か裁判所に出かけている。ある民
事訴訟で札幌地裁に行った時のことだ。「こんにちわ。覚えていますか。」と、私が話し
かけると、「お久しぶりです。」と、少しはにかんだような笑みを浮かべながらも、相手
の女性弁護士は凜とした会釈を返した。その仕草は、私にあの日を思い出させた。
 
 私は、これまで一度だけ「先生」と呼ばれたことがある。二十年前、当時、某放送局が
行っていた「少年の船」にセミナー講師として乗り込んだ時だ。彼女もその船に、私が担
任した25名の班の一人として参加していた。「少年の船」は、全道各地の小5から中1
までの少年・少女500名余りを乗せ、年末に苫小牧を出港、洋上で新年を迎え、サイパ
ン・グアムでの交流などの後、北海道に戻る全行程12日間の船旅で、その間に国際性を
育てるセミナーなどが開催された。
 
 船は、真冬の北海道を出港してしばらくは、荒天が続き船酔いする者が続出し、また、
初めて親元を離れる寂しさもあり、船内は沈んでいた。それが、南下するにつれ天候は回
復し、波も穏やかとなり、初対面の子どもたちも船内での軽スポーツなどを通じ、徐々に
打ち解け、明るさを取り戻していた。頼りなさげだった陽射しが、夏のそれに変わり始め
る、そんな頃だった。
 
 その日、交流への抱負や将来の夢を発表するプログラムがあり、私は子どもたちを船上
に連れ出した。大学生リーダーの指導でセミナーは進められ、まだ小学5年生で小柄だっ
た彼女の番となった時、いましがた見せた、少しはにかんだような笑みを浮かべながらも
立派に発表してみせた。どの子も、新たな体験への期待感に瞳を輝かせ、一生懸命に夢を
語ってくれた。そして、彼らの「先生」だった私は、青く晴れ渡った空の下で、心地よい
風を頬に受けながら、子どもたちが語る夢の一つ一つを、きっと、いつも彼らの本当の先
生も感じているのと同じ、とても幸せな気持ちで聞いていた。
 
 二十年振りの再会は、私に、彼らの「先生」として過ごした貴重な12日間の日々を思
い出させた。そして、全道各地で、子どもたちの夢を育み、彼らを見守り支えるため、力
を尽くされている多くの先生や教育関係者のことに思いを馳せた。私も、自らの微力を承
知のうえ、その一員でありたいと切に願った。今年も、まもなく進学・就職の季節を迎え
る。夢に向かって新たな一歩を踏み出そうとしている、すべての子どもたちを応援したい
。彼らの健闘を祈っている。

 今日も快晴、ほんとうにいい天気だ。春はもうすぐ、そこまできている。
                 
                        教育職員局参事(行政管理・訟務) 高 橋  充 


No.57 2011年6月30日発行【随想】「散歩」  

 私は、真冬と雨の日以外は、毎朝散歩するようにしている。
 家から、5分ぐらいのところの堤防を歩く。
 堤防の高さは2階建ての家の屋根ぐらい、そこをぶらぶらと30分位歩く。
 散歩は雪がなくなる3月の末頃から始める。
 晴れた日は、東に夕張岳や芦別岳、北に増毛の山やピンネシリ、西に手稲山や札幌岳、
南に恵庭岳、樽前山も見える。
 道端の野草や木々の変化とそこに棲む鳥たちを観ていると季節の移り変わりを感じる。
 特に、春先から夏にかけての野鳥は面白い。ヒバリが激しく翼を羽ばたかせ高く飛び、
次に、ハクチョウ、マガンと続く。
 ハクチョウ達は、秋に厳しい寒さを避け越冬のため、宮城県の伊豆沼あたりにいたもの
が、子育てのため遠くシベリアやカムチャツカへ渡る途中だ。
  今年の春は、東日本大震災の影響でやってくるか心配したが、100羽程が田んぼに舞
い降り落ち穂をついばんでいるのを見るとほっとした。
  ハクチョウやマガン達は、たくさんの仲間とやってくる。大編隊でV字を作り飛んで行
く。中には、朝寝坊して単独飛行のものもいたりして、どこか人間の世界と似ている。
 これが、春と秋に繰り返される。
 また、小鳥たちは、春に南からやってきて、河川敷や林、沼等で子育てをする。皆、せ
っせと動き回り一生懸命だ。
 さえずりと鳥の姿が一致するのは、ヒバリ、ヒヨドリ、キジバト、カッコウ、シジュウ
カラ、ハクセキレイ等。早春は、歩いていると、木々の芽吹きもまばらでいろんな鳥を見
ることができるが、緑深まる6月になると、さえずりだけで姿は見えなくなる。姿は確認
できないが、ノゴマ、オオジュリン、ノビタキ等がいるようだ。
 大きな声で鳴く鳥として、頭上高くズビーズビーズビャクー・・・と鳴くオオジシギ、
草木のてっぺんにとまりギョギョケシケシケシとけたたましく鳴くオオヨシキリ、深い藪
の中で夜から朝にかけてトッピンカケタカと鳴くエゾセンニュウ、おなじみのウグイスも
いる。
  初夏6月は、木々の緑がとても眩しく輝いている中、小鳥のさえずりを聞いていると心
がいやされる。街中では味わえないものがある。
 散歩は、新しいひらめきや明日へ活力につながると思っている。
  ストレスが多い今の社会、ストレスに負けないため、皆さんも早起きし、爽やかな風の
中、朝日を浴びて歩いてみてはいかがか。できるのは今の季節だけですよ。
  さあ、今日も出かけよう。妻にちょっとだけ感謝しながら・・・・・。


                         生涯学習推進局生涯学習課長  立野 賢次

No.58 2011年7月27日発行【随想】「夏野菜」 

 10年くらい前、家の裏に猫の額という言葉がぴったりなくらいの土地があり、花壇
にしようか思ってたところ、友達が家庭菜園をやっており、また、話を聞くと楽しそう
だったので、試しにやってみることにした。
 まず畑作りから始めたが、それが大変だった。小さな土地だったが、掘り返したこと
もあり、土も結構必要で、ホームセンターに行って袋詰めの黒土やら腐葉土やら牛糞を
何袋も買うこととなり、重すぎてホームセンターの軽トラを借りて家まで運ぶ羽目にな
り、それだけでヘトヘトに疲れてしまったことを覚えてる。
 畑作りも一応終え、苗を買ってくる段になったが、ホームセンターで買うより、そこ
はやはり農協の方がいいだろうと思い、手稲農協の苗市で調達したが、さすがにいいも
のが多く、今でも手稲農協が御用達となっている。5月下旬の土曜の朝早くからすごい
賑わいで、我先にといった感じでみんな大量にいろんな苗を買っていく。
 以前に苗を植えるのは、カッコウの鳴き声が聞こえてから札幌祭りまでと聞いたこと
があるが、カッコウの鳴き声など聞こえる環境にもないから、農協の苗市で季節を感じ
るといったところ。ちょうどその頃って、最低気温が10度を下回らない頃だと知って、
納得。
 いつも買う苗は、トマト、ピーマン、なす、キュウリが定番で、トマトでも特にアイ
コはお気に入りである。とてもおいしいミニトマトで名前の由来は愛子さまからきてる
とか。
 今年の春は、畑が乾かず苗植えも遅れて心配だったが、7月になり苗の背丈もぐんぐ
ん大きくなり、花が咲き、実をつけ始めてきた。わき芽を取ったり追肥したりトマトト
ーンを吹き付けたりとか、子育てではないが成長がうれしくてたまらない。この時期の
手入れがとっても楽しい。
 そして、もうじき夏野菜が食べれるころとなる。こんな毎年繰り返される夏を今年も
同じように迎えることができることに感謝せねば、と感じる平成23年の夏である。

                         総務政策局総務課法制・行政管理担当課長 田中 宣行


No.59 2011年8月29日発行【随想】「勇気と感動」  

 東日本大震災から5ヶ月が過ぎた。死者・行方不明者が2万人を超え、被災地では多く
の住民が家や仕事を失い不安な生活を送っている。一日も早い被災地の復興を願ってやま
ない。今回の地震による学校施設の被害状況については、耐震化された学校施設は小規模
な被害あるいは無被害にとどまっているものの、耐震化されていない学校施設では柱や壁
の崩壊等大きな被害が発生している。
 学校施設は子どもたちや地域住民の応急避難場所として重要な役割を担っている。
 今回の震災では、その役割を発揮し地域における学校の重要性が再認識されたところで
ある。また、耐震化された学校施設は子どもたちの安全を確保する上で、極めて重要であ
ることが改めて明らかとなった。
 今回の震災から得られた教訓を生かし、子どもたちや地域住民の安全確保のために学校
施設の耐震化を、より一層、加速させていく必要があるのではないか。

 3.11以降、大震災、福島第一原発事故と沈み込んでいた日本に、女子サッカー「な
でしこジャパン」が多くの人に勇気と感動を与えてくれた。
女子サッカーワールドカップドイツ大会で世界制覇の快挙を成し遂げたのだ。
 彗星のごとく現れた「なでしこジャパン」決勝では米国に2度先行されながらも、絶対
にあきらめないプレー、驚異の粘りで世界の頂点に立ったのだ。延長を含め120分間、
死力を尽くした選手たちに多くの人が感動し、震災で元気をなくしていた日本に大いに元
気をくれた。史上初の快挙に国内では「なでしこフィーバー」がわき起こり、国民にさわ
やかな感動と東日本大震災などの困難に立ち向かう勇気を与えたとして、団体初の国民栄
誉賞を受賞したのだ。
 9月からはロンドン五輪のアジア最終予選が始まる。また、「なでしこジャパン」の活
躍により国民そして被災地にも勇気と感動を与えて欲しいものだ。

                                 総務政策局施設課長 堤 邦雄  


No.60 2011年9月30日発行【随想】「夏休みの自由研究」 

 遠い昔、小学生の頃、夏休みの宿題と言えば必ず出されたのが自由研究だった。休みの
期間は20日以上、たっぷりあった。なにのとっかかるのは磯野カツオと同じでいつもぎ
りぎりだった。ひどい時は、二日ぐらい前に本を買ってもらって、必死で読んで感想文を
書いたこともあった。切羽詰まらないとやらない。ついつい後回しにしてしまう。その癖
は今もあまり変わっていないのかもしれない。どうしてあらかじめ計画的に準備してでき
ないのか。時間はまだまだある、なんとかなるさと思ってしまう。なぜすぐ着手できない
のか。一歩を踏み出す勇気がないのか。現実逃避か。
  宿題のねらいは何だったのか。子どもの頃に学校で教えてもらったことの意味を大人に
なってからしみじみ感じることが多々ある。

  先日、直木賞受賞作の「下町ロケット」を読んだ。一気に読める。久々に心を揺さぶら
れる本だった。小さな町工場が数々の苦難に遭遇し、社長が社員とぶつかり合いながら、
互いの絆を深めつつ、その苦難、課題に立ち向かい、そしてそれを乗り越えていくという
よくある?ストーリー。
  なぜ心を揺さぶられるのか。私利私欲、どろどろしたものが渦巻く競争社会の中にあっ
て、弱小企業が大企業を相手に堂々と立ち向かっていく姿、そして打ち負かしていく姿。
ヒーローものと言ってしまえばそれまでだが、そこにあるのは、純粋な心と強い信念、そ
して最後まであきらめない精神・・・・。
 そういえば、こういうこともかつて幾度となく教えてもらったような気がする。

 私は今、皮肉にも、「夏休みの教員の”自由研究”」という難題に取り組んでいる。
 頑張らねば!

                      総務政策局教職員課服務担当課長 武田 信吾


No.61 2011年10月31日発行【随想】「自己チューでわがまま」 

 先月行われた世界陸上韓国・テグ大会。高橋尚子の再来、Qちゃん2世と呼ばれる新谷
仁美選手が、女子5千メートルの予選を突破して決勝に進出しました。
 予選を通過したとき、「私は集団についていくのが苦手。自己チューでわがままな性格
が世界で通用しました。」と語ったとおり、決勝でもスタートから1人抜け出して積極的
に先頭を走りました。結果は、13位と残念ながら入賞に届きませんでしたが、大逃げ作
戦にハラハラしながら、もしかしたらこのまま、という小さな期待を持たせてくれまし
た。今後が楽しみな23歳です。
 ところで、「自己チューでわがまま」という言葉で、私の脳裏に浮かぶ2人の男性がい
ます。
 一人目は、明治の歌人石川啄木です。一人っ子で母親に溺愛され、甘やかされて育てら
れたため、かなり自己中心的でわがままで生意気な性格だったことが知られています。井
上ひさしの戯曲に「泣き虫なまいき石川啄木」というのがあります。
 しかし、童顔で韓流スターのような甘いマスク、現代風に言えばイケメン。漂泊の歌人
の行く先々には必ず女性の影が…。ずいぶんもてたようです。
 さて、もう一人は、かつて一緒の職場だったことのあるA主査です。何があってもまず
自分のことから考えるという自己中心的な性格で、上司をたてるとか、同僚を気遣うと
か、そういうことは苦手です。
 しかし、イケメンではなくて、女性にもてるというタイプではないところが、啄木と
は、まったく違います。
 「神様は、不公平だな~。」
 いやいや、A君、啄木は、結核を患って27歳で死んじゃったけど、医学が進歩した今
なら、君は、その3倍は生きられるんだよ…。
 えっ? そんなことより楽しく愉快な人生のほうがいいって? やっぱり君は、自己チ
ューだ。
 でも、君なら、たとえ自己チューでわがままと言われようと、北海道の将来を担う子ど
もたちのために、これからも走り続けてくれると確信しています。まだ、43歳だし…。

                学校教育局義務教育課地域支援担当課長 村田 智己


No.62 2011年11月30日発行【随想】「子どもたちの笑顔が輝くように」 
 
 暑い暑いと思っていた夏が過ぎ、街路樹が赤や黄色に染まる季節と思っていたら、冬に
向かって季節が急激に移行し始めた感のある今日この頃です。それもそのはず、本年も2
ヶ月足らずなのだから。
 季節の移ろいに鈍感になったような気がします。それは余裕がなくなっている証?温暖
化のせい?はたまた加齢によるもの?今ひとつはっきりしませんが…

 この時期になると、年末に向け動き出します。たとえば、一年の世相を軽妙に映したも
のとして発表される「新語・流行語大賞」や、「今年の漢字」など、まもなく話題になっ
てくる季節。今年はどのような「言葉」「漢字」が選ばれるでしょうか。
 今年は、「日本(北海道)の未来は明るい」と感じられるニュースが少なく、厳しい日
々が続いたように感じます。政治経済状況の不安定さの中、特に若い世代を中心に雇用、
格差=貧困の問題。これへの適切な処方箋が示されず、今後の社会保障の方向性も不明
確。なかなか将来への夢、希望が持ちづらい状況から脱出の糸口が見つけられないジレン
マが続いているような気がします。

 このような閉塞感の中、昨年のクリスマスを契機に「タイガーマスク現象」なる寄付=
善意が全国的に拡がり話題となりました。皆様覚えておられますか?
 これが一過性で終わらないように、必要な子どもたちに善意が行き渡りますようにと当
時願っていましたが、どうでしょう。その後忘れ去られた感すらあります。
 考えて見ると、家庭的な事情から施設等に預けられている子どもと、親とは生活できて
はいるものの貧しさの中にある子どもたち。これらの子どもたちも増え続けています。こ
こにもスポットライトが当たってほしい気がします。

 「子どもは社会の宝」と言われて随分久しい。自らの未来に夢を持てるには、一人ひと
りが安心して自立の道を歩めるよう、それぞれに応じた環境整備が望まれます。
 子どもたちの「笑顔」から大人は元気をもらうはず。それを励みに頑張ろうという気持
ちにもなるはず。「子どもたちの明るい笑顔を消さない」、そして、「笑顔を作り出す」
社会作りに自分なりに考えつつ努めていきたいと考えています。
 
                        学校教育局特別支援教育課長  荒木 雄二  


No.63 2011年12月28日発行【随想】「教訓を生かして」 
 
 先日、出張で日高管内に伺った際、車窓から風景を眺めていると、「グラスホッパー」
というお店の看板を見かけました。
 そういえば、先日、上司から勧められて読んだのが、伊坂幸太郎の「グラスホッパー」
でした。著者自身が、「今まで書いた小説の中で一番達成感があった。」という小説で
す。それぞれの場面での描写が生々しく、この作家は本当に現場を見ているのではない
かと思えるような小説でした。
 また、同氏原作の映画「ゴールデンスランバー」がテレビ放送され、この原作は本屋大
賞などを受賞したものであり、主人公が大事件に巻き込まれながらも、学生時代の彼女や
仲間に助けられながら、困難を切り抜けていくもので、人にとって仲間との絆や信頼が大
切であることを感じる作品でした。この「ゴールデンスランバー」は、当初は、今年の3
月12日に放送予定でしたが、東日本大震災の関係で放送延期になっていたものです。
 今年は、私たちにとって、決して忘れることのできない年になりました。東日本大震災
という未曾有の大災害から、いまだ被災地の傷は消えず、被災した皆さんの心が癒えるこ
とも難しいと思います。さらに、この震災に伴う福島第一原子力発電所の事故による汚染
やその影響に対する不安もあります。
  これらの被災地から、北海道へも650名を超える子どもたちが転入しており、このう
ち、約150名の子どもたちが既に地元などに戻っています。地元に戻った子どもたちが友
達や先生に再会した時の笑顔を映像で見て、この子どもたちが一日も早く、安心して安全
に、楽しく遊ぶことができるよう、被災地の復興を支援していかなくてはならないと改め
て感じたところです。
 そして、このたびの震災から得た教訓を生かして、「津波てんでんこ」などで知った古
くからの教えの大切さや、想定外があってはならない物事があることなど、しっかりと肝
に銘じながら、仕事にあたらなくてはならないと思っています。
 
                           学校教育局健康・体育課長 土井 寿彦


No.64 2012年1月31日発行【随想】「新しい絆」

 昨年の12月12日に2011年を表す漢字として「絆」が示されました。その大きな
理由としては、東日本大震災を通して感じた家族の大切さや見ず知らずの人たちから寄せ
られる支援の輪のありがたみに改めて気づいたからなのでしょう。

 絆には「親子の絆」、「夫婦の絆」、「仲間どうしの絆」など様々あり、また、それぞ
れに成り立ちがあります。切れそうで切れないもの、頑丈そうだったけれど、あっけなく
切れたもの、今まさに新しくつくられているものなど、いろいろある中で、私が最近知っ
た、新しい絆についてお話しします。

 私どもが進めている、子どもたちのコミュニケーションづくりの事業を外部の方に説明
することとなり、先日、その事業を実施している、札幌市内の高等学校の定時制を訪問
し、関係者の方からお話を聞く機会を得ました。

 その学校では、今の高校教育の課題の一つである、不登校や中途退学などを未然に防ぐ
ために、約60名の生徒による共同映画制作プロジェクトに取り組んでおり、脚本、撮
影、出演などの役割をとおして、コミュニケーション能力の育成を図るというものです。
 指導者のお話からは情熱溢れる思い、そして、多くの時を生徒に寄り添いながら進めて
きたことが伺えました。
 この映画づくりが直接影響しているかはわかりませんが、ある生徒は「卒業後、働きな
がら劇団入りを目指す。いばらの道だが、夢を持てて幸せ」との自分の夢を道新の
「まど」に投稿したとのことです。 

 また、この映画制作の指導者の一人でもあるスクールカウンセラーに「悩みを相談し、
救われ、今の自分がある。自分の人生は変わった」と話す生徒や「今までみんなとうまく
コミュニケーションがとれなかったが、自然と映画づくりの役割を担う中で変わった」と
自覚する生徒など、多くの生徒が自分と向き合い、他人の考えを理解しようする中で確実
に変わってきているとのお話でした。

 今は、映画づくりの最終段階とのことであり、関係者全員がいろいろと考えを巡らして
いることと思います。

 私は、人と人とのつながりはもちろんのこと、映画など作品と人とのつながり、そして
学校など過ごした場所と人とのつながりなど、いろいろなつながりの中で人は生きていく
ものと思っております。
 私も、仕事と自分のつながりを意識する年頃となりました。

 今回の映画づくりに携わった、生徒全員の中に「新しい絆」が生まれたものと確信を持
っております。

 最後に、このような機会を得た生徒たちを羨ましく思える自分でした。

                     学校教育局参事(生徒指導・学校安全) 山端 一史


No.65 2012年2月29日発行【随想】「時間」

 東日本大震災から早くも1年を迎えようとしています。いまだに行方不明となっている
方の1日も早い発見を望むとともに、犠牲となった方々のご冥福をお祈りします。
 また、避難生活を余儀なくされている方々が、不自由のない生活に戻れるよう祈るばか
りです。
 被災された方々にとって、この1年は長い1年だったのか、短い1年だったのか。確実
に時間は刻まれていくが、時が止まったままの方もいるでしょう。
 歴史は元に戻すことはできないが、このような震災による悲しい出来事が繰り返されな
いよう知恵を絞って取り組むことが大切です。

 さて、受験の時期になると、40年前、親に買ってもらったこの腕時計を見ながら受験
勉強に励んだ(ことにしておく)ことを、思い出す。試験の日が近づいてくると、焦るば
かりでさっぱり進まず、時間だけはどんどん進み、あっと言う間に当日を迎えた。そして
「普段からもう少しやっておけばよかった。もっと時間をうまく使えばよかった。」と、
後悔したものです。後悔したことがない人はいないと思われるのが、時間の使い方です。
 昨年までに実施された学力・学習状況調査や体力・運動能力・運動習慣等調査の結果に
よると、本道の児童生徒は、学習や読書の時間が短くて、テレビやゲームの時間が長く、
バランスがよくないようです。
 時計をただ見ていても、さっぱり時間が進まないけれども、何かに集中していると、あ
っと言う間に時間が過ぎてしまいます。
 誰でもわかっていることですけれども、時間だけは子どもも大人も関係なく、どんな人
にも公平にあるものです。どう使うかはその人次第です。今しかできないことはたくさん
ありますが、先のことも考えてどうか有効に使って欲しいものです。自分をコントロール
することはとても難しいことであり、「言うは易し、行うは難し」ではありますが。

 そんなことを言っていると、周りや家族から注意・指導が入りそうなので、今日から自
分でも気をつけるようにしよう。

       生涯学習推進局生涯学習課生涯学習推進センター担当課長 十河 昌寛


No.66 2012年3月29日発行【随想】「世界文化遺産登録を目指して」

 この冬は、雪が多かった。私が住んでいるのは札幌市北区、北区といっても、石狩市、
当別町に近い。この地域は、年末時点でかなりの積雪があり、年が明けてからドンドン雪
が積もり、車道は狭くなり、雪捨て場となっている歩道は、例年にも増して雪が高く積ま
れている。
 毎朝、近所の家の屋根を見ながらバス停まで5分ほど歩くが、数軒先からは、どの家も
巨大な雪庇がせり出しており、いつ落ちるかと余計な心配をしていたが、3月に入ると、
日に日に屋根の雪や雪庇が小さくなっている。
あーやっぱり春なんだなと感じる。

 さて、私は昨年の6月から文化財の仕事を担当している。
 所管している業務の中で、ちょっと面白いのは、ユネスコの「世界文化遺産」登録を目
指して取り組んでいること。
 北海道と青森県、秋田県、岩手県の4道県が協定を結び、それぞれの道県に所在する縄
文期の遺跡15カ所を縄文遺跡群として括り、平成27年の世界文化遺産登録を目指し、現
在、日本政府に提出する推薦書作りの検討を行っている。
 15の遺跡の内、道内は、函館市の「大船遺跡」、森町の「鷲ノ木遺跡」、洞爺湖町の
「入江・高砂貝塚」、伊達市の「北黄金貝塚」の4カ所であり、いずれも「史跡」として
国の指定を受けている。

 これまで、世界文化遺産登録を目指す取組について、道民の皆様方のご理解をいただく
ため、知事部局と連携してパネル展示や広報誌、ホームページなどでお知らせしてきた
が、来る3月24日には、道民の皆様方をはじめ、国内外の方々にこの遺跡群の価値や意義
への理解を深めていただくため、民間主導による「北の縄文道民会議」が設立されること
となっており、心強い限りである。

 道内には、長い間受け継がれてきた貴重な文化財が数多く残されていますので、どうか
道民の皆様方には、休日を利用して最寄りの文化財展示施設や有形文化財に指定されてい
る建造物を訪れてみてはいかがでしょうか。

           生涯学習推進局文化・スポーツ課文化財担当課長 新納 隆司

 

No.67 2012年5月31日発行【随想】「「アラブの春」雑感~ソーシャルメディアと読書~」

 フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグ氏は、「ソーシャルメディアが、社会
を変える」と主張する。
 ツイッターにもフェイスブックにも無縁の私が言うと、負け惜しみに聞こえるかもしれ
ないが…、「やはり、『活字文化』って大事だな」と感じることがあった。

 5月の大型連休中に旧友と会った際、談たまたま「アラブの春」が話題に。
 ・ 中東の一連の民主化革命は、若者たちの「怒り」の声が、ツイッターやフェイスブ
  ックにより次々と伝播して、ついに独裁政権を倒した。
   ソーシャルメディアの功績は大きい。
 ・ しかし、革命後、若者たちは表舞台から姿を消し、原理主義が幅を利かす時代に逆
  戻りしているようだ…と聞いた。
 ・ ツイッターやフェイスブックは、独裁政権を批判し否定することには役立ったが革
  命後のより良い社会の創出には役立たなかった…ということか。
 おおよそ、こんなやりとりになった。

 ツイッターは一度に打ち込める字数は140字、行数にしてわずか3~4行。
 「短い文」は、「怒り」などの感情を伝えるには便利だが、物事を順序立てて考えるこ
とには不向きだ。
 また、ソーシャルメディアは「匿名」であるゆえに、個性と責任が埋没している。
 こうした媒体が浸透すると、責任ある発言や、じっくりと物事を考える姿勢が失われて
しまうのではないかと危惧される。
 ツイッターやフェイスブックの有用性は有用性として認めつつも、マイナスの要素にも
十分に想いを致す必要があろう。

 新聞や書籍等の活字媒体は、署名を伴うという意味で「顔が見える」ものであり、読者
に「思索することを求める」という特色を持っている。
 であれば、じっくりと考える力や、自らの思いを言葉で伝える力を養うためには、活字
媒体の特色を活かせれば良いのだが。
 残念ながら現実は、大学生が新聞を読まなくなった…、子どもたちに読書習慣が身に付
いていない… など「活字離れ」が進行している、と言われて久しい。

 時代の先端を行く(魅力的な?)ソーシャルメディアは、そのまま放っておいても、確
実に浸透していくのだろう。(そもそもコントロールになじまない…)
 一方、活字離れについては、その「歯止め」に意図的、かつ積極的に取り組まなければ
悪化の一途をたどることになるのではないか。

 ソーシャルメディアの素養はもちろん、子どもたちが読書習慣を身に付け、(豊かな情
操とともに)思考力や判断力などを養うことは、高度情報社会を生き抜く「必須条件」と
も言えよう。
 道教委は、これまで様々な施策で読書推進を図ってきたが、最近の取組としては……。
 昨年度から「朝読(あさどく)・家読(うちどく)運動」を全道展開して、子どもたち
の望ましい読書習慣を定着させる取組をスタートさせた。
 また、新たに「子どもの読書活動推進プログラム」を策定し、現状と課題を明らかにす
るとともに、これらを踏まえた「意識の啓発」などの対応策を示したほか、この取組を進
め、平成25年度からの「北の読書プラン(北海道子どもの読書活動推進計画)」につな
げていくこととしている。
 道教委や市町村教委、学校、家庭・地域が一体となって、子どもの読書活動の推進に向
けた取組を、これまでにも増して積極的に進めることが求められていると思う。

                         総務政策局教職員課制度担当課長 松久 博


No.68 2012年6月29日発行【随想】「睡眠」

 2012年はオリンピック年。7月27日から8月12日までの日程でロンドンオリン
ピックが行われます。好きな競技や気になる選手の活躍はぜひ生放送で観たいという人も
多いでしょう。ロンドン夏時間と日本時間の時差は8時間あるので、競技時間は日本時間
の午前2時ごろから午後1時ごろということになり、連日深夜のテレビを観てしまうと睡
眠不足が待っています。

 睡眠不足になると疲労が残りやすいことは誰もが経験あるところですが、最近の研究
で、睡眠不足や不眠が生活習慣病やうつ病の発症と関係していることがわかってきまし
た。
 実験的に睡眠時間を短縮させると血圧上昇や血糖値上昇が起こるそうです。また、短時
間睡眠の人は、肥満度が高く、将来の高血圧症や糖尿病の発症率も高いという研究報告が
あります。睡眠時間が短い場合にも、逆に長過ぎる場合にも、寿命が短い傾向がみられま
す。
 不眠はうつ病の初期症状でもありますが、学生時代に不眠のある人は中年になってから
うつ病になりやすいという海外のデータがあります。実は、軽症うつ病の人が睡眠習慣を
変えることで服薬なしで回復する事例があり、良質の睡眠がメンタルヘルスの維持・回復
に役立つことが注目されています。

 良質な睡眠、規則正しい生活習慣は、健康づくりの基本です。わかっていても、昼夜の
区別なく活動できる現代社会の中では睡眠リズムは乱れやすいものです。子どもたちと同
様に「早寝、早起き、朝ごはん」を意識して生活を見直してみませんか。オリンピックの
テレビ観戦の方は、心身の負担にならない程度に存分に楽しみましょう。

   教育職員局福利課医療参事(兼)学校教育局健康・体育課医療参事 築島 恵理 


No.69 2012年7月31日発行【随想】「マラソンブーム」

「一生に一度はフルマラソンを走ってみたい。」
 何故かそう思っていました。皆さんはそう思ったことはありませんか?
 私自身は、持久走が昔から大の苦手で、小学校の1kmマラソンでビリから2番目、高
校、大学でも常に最下位争いでした。そんな私が40代後半(当時)にしてランニングを
始めたのは、
(1) 単身赴任になった → 自分の時間が増えた
(2) いつかそのうち、と先送りしているうちに50代が見えてきた → 危機感
(3) 東京マラソンで素人の芸能人が完走している → 自分にもできるかも
というような、ゆる~い理由です。 

 まず5km、次に10km、15kmと徐々に距離を伸ばし、ハーフマラソンに挑戦。その後
も5km刻みで徐々に距離を伸ばし、フルマラソンへ。さすがにフルマラソンはちょっと
(いや、かなり)大変で、ある程度計画的な走り込み、レース中の栄養補給、体力に見合
ったペース配分などしっかり対策を打っておかないと痛い目に遭います(遭いました)。 

 ランニングの良いところを思いつくままにあげてみます。
(1) 体に良い(言わずもがな)
(2) 一人で練習できる(ライフスタイルに合わせて早朝、夜でも)
(3) お金があまりかからない(最初にランニングシューズを買ってしまえば、です)
(4) 走った分だけ確実にタイムが縮むので、楽しい(発射台が低すぎる面もあります)
 特に(4)は格別です。仕事にしてもゴルフにしても、やった分だけ確実に成果が得られ
る訳では必ずしもありません。でも、ランニングでは得られるのです。
 さあ、皆さんもマラソンブームに乗ってみませんか。 

                              総務政策局総務課長 朝倉 浩司


No.70 2012年8月31日発行【随想】「一人ひとりの主体的な努力(切磋琢磨)が、
                              支えてくれる人との絆に!」

 ロンドンオリンピックでは、日本選手のすばらしい戦いが繰り広げられましたね。
 今では、すっかり、オリンピック熱も冷めて、仕事に邁進しておられる方が多いと思い
ますが、日本は、金メダルをいくつ獲得したか、覚えていますか。銅メダルの数になる
と、マニアの世界になりそうですね。
 このロンドンオリンピックでは、日本の団体競技での活躍が目を引きました。テレビな
どでは、それをチーム力の勝利と言っています。まさに、その通りですし、チーム力がき
わめて大事なものであることは言を俟ちません。
 こうしたチーム力をさらに引き上げようと考えるときに課題となるのは、個々の力量の
伸長とチームとしての質の向上なのでしょうね。そのために、チームの構成員が、日々、
切磋琢磨することが重要なファクターだろうと思います。その意味で、オリンピックの団
体競技で、銀メダルや銅メダルをとった選手の皆さんの、切磋琢磨とチームへの貢献のす
ばらしさは、最高の輝きを示しています。
 また、今回のメダリストのほとんどのかたが、「1人で取ったメダルではない。たくさ
んの人の支えがあったからこそ取れたと思う」という趣旨の発言をされていますね。まさ
に日本を誇りに思える瞬間を共有できたなあとうれしさで一杯です。
 名言も生まれましたね。感動的です。「27人でつなぐリレー」、ああ、良い言葉です
ね。そんなふうに言ってみたいです。「がんばっていれば結果は出るんですね」。本当の
努力をしてきた人ならではのさわやかな言葉だと思います。
 そして、今度はパラリンピック。前回もそうでしたが、選手の皆さんの血の滲むような
努力に、本当の感動と勇気をもらいます。今回もどのようなドラマがあるのか、楽しみで
す。私も、こうした活躍に勇気をもらって、あすからの仕事のために、あるかないかのさ
さやかな力を磨いて、少しでもチームに貢献できるよう、がんばっていこうと思います。
                       
                    新しい高校づくり推進室参事(改革推進) 村田 尋如


No.71 2012年9月28日発行【随想】「教育は遺伝するもの」

 親から子に伝わるもの、遺伝するものにはDNAという物質があります。「子供は親の
背を見て育つ」と言うように、教育(教え)もDNAと同様に、親から子へ受け継がれて
いくものです。自分の子供がその子供を教育する様子や、孫の育つ姿を見て、自分が行っ
た教育が遺伝していることに気付き、その善し悪しを省みることができます。いつか、自
分に孫ができた時、その審判が厳しく下るのではないかと今からひやひやしています。
 伝統芸能や伝統工芸など「伝統」という言葉が付くものは、師と呼ばれる人から教育
(教え)を受け何代にもわたって、知識や技能が弟子に受け継がれていくものです。一般
の職場においても同様の「教育(教え)の遺伝」は見られると思いますが、学校という職
場ではどうでしようか。職場の先輩を師として、指導方法等の技術が受け継がれています
が、教員はそれだけではありません。自分が児童生徒として習った先生に憧れて教員を目
指す方が多いように、恩師の教え方を、親子の関係同様に少なからず真似て(受け継い
で)います。私も、高校時代に習った理科の先生の指導方法を真似て授業をしていました
し、観察・実験をあまりしない理科教員は、そうした経験が少ないことがありますので、
あながち間違ってはいないと思います。
 私たちのからだの特徴が、先祖から代々受け継いでいるように、現役の先生の指導力
が、良くも悪くも、先代、先々代の先生のそれを受け継いでいます。生物の進化には、
環境に適したよりよいDNAが残っていく自然淘汰という考え方がありますが、教育の場
合は、それを人為的に淘汰し進化させなければなりません。そうした責務を負っているの
が、私たち教育行政であり、また学校でもあります。

                             学校教育局高校教育課長 前川 洋


No.72 2012年10月30日発行【随想】「解決の一部か、問題の一部か。」

のっけから英語で恐れ入りますが…。

If you are not part of the solution, you are part of the problem.

 私が知る限り、アメリカでは比較的よく使われる表現です。意訳すると、「もしあなた
が問題を解決する側にいないのであれば、あなたはその問題の一部でしかない」とでもな
りましょうか。
 公務員に限らないことのようですが、「前例がありません」「これまではこうしてきま
した」という「前例の壁」ってよくありますね。「これはウチの所管ではありません、ウ
チでは責任持てません」といった「消極的権限争い」の壁もあります(正直に告白すれ
ば、私もこういうセリフ言うことあります。嗚呼…)。
 もちろん、「それぞれの持ち場」を責任持って守ることは大事なことです。また、「こ
れまでの経緯」や「制度の趣旨」は判断の上で大切な要素です。これらはしっかり強調し
ておかねばなりません。それに「車はいきなり止まれない」といいますが、「行政はいき
なり変えられない」という部分が確かにある。
 さらに言えば、難しい問題であればあるほど、「行政だけで判断できない」ということ
にもなる。でも全てがそうではないはずですし、「問題解決的に考えない理由」にも「関
係者ときちんと調整しない理由」にもならない。キチンと整理しないと「思考停止」や
「居酒屋談義」に陥ってしまう危険がありますね。
 「創意工夫」を旨とする教育の世界に限ってみても、「これまでずっとこれでやってき
たんだから」とか、「教育には時間がかかる」、「教育は変えないのがよい」という発想
は意外と少なくありません。また、「挑戦してみましょう」とか、「試しにやってみたら
こんな成果と課題がありました」ではなく、「やっても結果は見えていますよ」と、「試
みそのものを萎縮させるような会話」もありますね。かくいう私も、これまでの職業生活
の中でそういう発想を持ったことがなかったかと反省すると…。「う~ん」と考え込まな
いわけにはいきません。
 「あなたは頑張っていますか」と問われれば、多くの人は「頑張っていますよ!」と答
えるでしょう。「忙しいか」と言われれば「忙しいですね」と応じるでしょう。

………勤務時間前に出勤。昼ご飯もそこそこに仕事をしてる。残業して企画書書いてる。
職場から出ても仕事の延長で活動してる。土日も色々やっている。確かにその通り。で
も、これだけ努力してまだ問題が解決できないのならば、もしかして私自身も問題の一部
なんじゃないのか!?

●「他ならぬ私」の、「その考え方」が物事を後退させてるんじゃないか?
●「前進」しているように思っていても、「漸進」にすらなっていなく、その実「周回遅
 れ」の発想になっていないか?
●確かに「頑張っている」けど、「頑張り方に課題がある」ってことはないか?
●「頑張る」前に、先進事例を十分研究して取り入れたか?
●「その場その場」でやってるつもりでも「徹底」が足りなかったってことはないか?
●「部分最適」ばかりで「全体最適」の発想がなかったとは言えないか?

……………自分はsolution(解決策)の一部になれているか、それともproblem(問題、障
害)の一部に過ぎないのか。
                                                             
 なにしろ、「趣旨やねらい」が間違っていることなど皆無に等しいパブリックセクター
のことです。「積極的自己懐疑心」とでも申しましょうか。そういう自戒を常にもちなが
ら、物事に取り組んでいかなきゃいけないなあと、激しく反省している今日この頃であり
ます。

                                                     学校教育局義務教育課長 武藤 久慶


No.73 2012年11月30日発行【随想】「趣味について」

セカンドライフを考えなければならない年齢になると、趣味を持ちなさいと言われるよ
うになってきますが、何をしようかと悩んでいる人にお勧めしたいのが「囲碁」です。
 囲碁をやったことのない人でも映画やドラマの中で戦国武将が打っているシーンや、サ
ザエさんの中で波平お父さんとマスオさんが打っている姿は目にしているのではないでし
ょうか。
 囲碁の楽しさは沢山ありますが、何点かあげるとすれば、1)ルールが簡単 2)実力差
があっても置き石というハンディで年齢や性別を問わず誰とでも打つことができる、そして
3) 失敗をしても取り戻すことができることです。
囲碁は、他のゲームに比べて石を置く場所が多いので、どこか1カ所で失敗しても、他の
場所で取り戻すこともできるのです(もちろん、いつもではありません)。
 しかも囲碁を小さい時から覚えると、・集中力が身につく、・発想が豊かになる、・判
断力を高める、という効果があると言われています。私も含めて子どもの頃に出会えなか
ったことを残念に思う人もいると思いますが、人生80年といわれる時代ですから今からで
も囲碁の楽しみとその効果に触れるには、けして遅くはない(はず)です。
 石や盤がなくても今はインターネットで無料対局もできますので、用具がなくても楽し
むことができます。でも、最初は直接人に教わった方が分かりやすいので、興味のある方
は近所の碁会所に行くのも良いですし、こっそりやってみたい人は声を掛けてください。
 囲碁を通じて国内だけでなく世界の人たちと知合いになることも楽しみですが、できれ
ば、それぞれの家庭で親子やご夫婦で一緒に盤を囲める家庭が増えるといいなぁと思って
います。

                     新しい高校づくり推進室参事(高校配置)石川 忠博 


No.74 2012年12月27日発行【随想】「ある日の出来事」

 私は、毎朝徒歩で通勤している。
 通勤経路には、春には桜やライラックの花が咲き、秋には、ななかまどの赤い実や木々
の紅葉をなど、季節の移り変わりを楽しみながら通勤している。
 また、私の通勤経路は、小学校の通学路にもなっていて、毎朝子どもたちの元気に登校
する姿を見て、元気を貰っている。
 ある日のこと、通勤途中で横断歩道で信号が赤なので、信号が変わるのを待っていると
後ろから来た、私と同じくらいの中年の男性が、左右をチラッと見て、車が来ていないこ
とを確認し、横断歩道を渡っていった。
 私と一緒に、信号待ちしていた、男の子が母親に、「あの人は、信号が赤なのに渡って
いったよ。どうして?」と尋ねた。母親は、答えに困った顔をしていた。  
 私は、信号が青に変わり、横断歩道を渡ったので母親の答えが聞けなかったが、母親が
答えに困る様な行動を取ってはいけないと、強く感じた。
 子どもは、親の背中を見て育つというが、親だけでなく、私たち大人が子どもたちに恥
ずかしくない背中を見せるよう常に責任を持った行動に心がけたいものである。 

                              教育職員局参事(渉外) 名畑 雅弘


No.75 2013年1月30日発行【随想】「iPS細胞への期待」

 平成25年がスタートしましたが、昨年12月のストックホルムでのノーベル賞授賞式の
光景がまだ記憶に新しく残っています。日本全国で山中教授に対する称賛の声が上が
り、また、多くの子供たちにも感動を与えてくれました。
 国内では、ノーベル賞受賞決定直後からiPS細胞の説明や山中教授のこれまでの研究者
らしからぬ人となりが報道され、多くの人が山中教授に親しみを感じていることと思いま
す。
 また、子どもたちがiPS細胞について理解できるようテレビや新聞などでも分かりやす
く解説しており、児童生徒の理科離れが指摘されている中で、この度のノーベル賞受賞は
未来の科学者である子どもたちはもとより教育関係者にも大きな刺激になったことと思い
ます。
 一方で、山中教授のノーベル賞受賞会見や講演の際の「iPS細胞の研究は、日夜、日
本、世界の研究者が前に進んでいる。希望を持っていただきたい。」、「残りの人生をか
けて、iPS細胞を使って病気に苦しむ患者さんを助けたい」というメッセージは治療法の
確立を待つ難病患者さんへ力強く伝わったと思います。
 iPS細胞を利用した再生医療の最終のゴールは心臓、肝臓、腎臓などの臓器を再生する
ことです。そこまで行くにはまだ多くの時間が必要ですが、夢の話ではなくなりました。
 現在、心臓、肝臓、腎臓等の移植を待っている子どもが日本にはたくさんいます。
 改正臓器移植法が平成22年7月17日に全面施行されてから2年半が過ぎましたが、臓器移
植は一般の医療として国民の間にまだ定着していないのが現状です。
 私は、平成元年1月12日に約3年の透析を経て生体腎移植を行いましたが、透析期間中は
当時の職場の仲間に公私ともに随分フォローしていただきました。移植が成功し、それま
での制約された生活が一変しました。1月12日は私にとって新たに「生」を受けた日で、2
回目の誕生日と思っています。
 山中教授を始めiPS細胞を研究している多くの科学者が1日も早く再生医療を確立し、難
病と戦っている多くの子どもたちに2回目の誕生日が訪れることを願っております。 

                        教育職員局教職員事務センター長 月居 則史


No.76 2013年2月28日発行【随想】「交通安全運動について」

 毎朝、新聞紙面を開くと、平成22年度に交通安全推進担当課長として交通安全運動に
携わったことから、交通事故死者数の記事を一番先に見ています。
 道内の交通事故死者数は、ピーク時の昭和46年は889人でしたが、平成23年は1
90人と4分の1以下まで減少しました。これは、道、市町村、関係民間団体のみなら
ず、道民を挙げた長年にわたり一体となって交通安全に取り組んできた成果であると思っ
ています。
 また、毎年度、「春・秋(全国)、夏・冬(道単独)の交通安全運動」(4期40日)
を実施し、新入学児童や高齢者の事故防止をはじめ、スリップ事故防止など北海道の地域
特性を重点に取組んでいました。
 しかし、平成22年に、東京都と並んで6年振りの「交通事故死全国ワーストワン」と
いう非常に残念な結果になったところです。このため、平成23年度に新たな取組とし
て、交通事故死者数を都道府県別の順位及び市町村別、管内別に表示したパネルを本庁舎
1階に設置し、来庁される皆さんに周知しております。
 交通死亡事故の主な特徴は、車両同士の正面衝突事故や65歳以上の高齢者事故が多く
占めており、交通安全グッズの配布や夜光反射材の鞄、靴等への貼付活動を実施していま
すが、夜光反射材の貼付率は低い状況です。
 私も、高齢者と呼ばれる年齢に近いこと、また、担当課長であったため、平成22年度
から夜光反射材を鞄に貼付し、担当外になった現在でも夜光反射材を希望する人達に配布
し、貼付の普及促進のために少しは努めているところですが、これからも、交通ルールの
遵守や思いやりのある交通マナーを実践して、全ての道民が願う交通事故のない社会を目
指し、なお一層、交通安全を呼びかけていきたい。
                       
                                  教育職員局福利課長 佐藤 均


No.77 2013年3月29日発行【随想】「『101』に思う」

 当メールマガジンの随想原稿の依頼がありました。今号は、101号だそうです。それ
を聞かなければ「何を書かせてもらおうかな…」だったと思うのですが、「101」とい
う数字を聞いたことで、どうもこの数字が頭に残ってしまいました。
 「100」は、「完成!」「成し遂げたっ!」という感じがします。そして「101」
は、一つの区切りを超えた新しい大きな広がりの胎動を感じさせます。さて、そこで皆さ
んは、「101」という数字に何を思い浮かべますか?
 ディズニーアニメ「101匹わんちゃん」というのがありますね。ちなみに日本で公開
されたのは1962年で、そのときのタイトルは「101匹わんちゃん大行進」だったそ
うです。私に馴染みがあるのは後者のタイトルで、たくさんの可愛いダルメシアンたちが
毛皮にされそうになる危機を脱して、元気いっぱい走り回る姿を思い浮かべました。
 でも、実はその前に私の頭に浮かんだのは、「101回目のプロポーズ」→「僕は死に
ましぇん! あなたが好きだから」でした。1991年、この年の流行語大賞・大衆部門
で金賞となった台詞です。台詞の背景はいろいろあるのですが、インパクトある台詞が、
子供が自ら命を絶つという近年の痛ましい状況と結びついてしまいました。
 最近では、ロンドン五輪でボクシング金メダリストとなった村田諒太選手著の「101
%のプライド」という本があります。自らを「品もない。何しろ、ヘタレである。」とい
う著者の、恩師との出逢いに感謝し、「人よりたった1%上回る101%の努力が、小心
者の僕に自信を植えつけた。」という、大上段に振りかぶらない努力のすばらしさが伝わ
る言葉に感銘を受けていました。
 「101」からの刹那の連想でしたが、命、愛情、努力、これらが大切にされる社会で
ありたいと、強く思っています。
                                  教育指導監 五十嵐 利裕

 

 No.78 2013年4月30日発行【随想】「『未来人』に思う」

 着任早々、「未来人」の原稿依頼があり、正直なところ大変戸惑っています。3月まで
道立高校の一室で「未来人」を読んでいた私にとって、自分が「書く」立場になるとは
思いもよらぬことでした。何とも不思議な気がしています。
 「未来人」を読んでいる教職員は多いと思います。私も毎回、目だけは通していまし
た。教職員にとって参考になりそうな話題があると、職員室でアナウンスすることがあり
ました。他校の管理職と、掲載された文章について「意見交換」をしたことも何度かあり
ました。道教委の動きや幹部の考えなどを知る上で、「未来人」は大きな役割を果たして
いると思います。
 近年、教育を取り巻く環境は厳しさを増しています。それに伴い学校は多忙になったと
言われていますが、久しぶりに行政組織に戻ってみると、行政もまたかなり多忙化して
いる気がします。児童生徒を直接指導する教職員だけではなく、学校を支援する行政職の
方々の頑張りがあって、北海道の教育が支えられているのだと改めて実感しています。
 教育が抱える課題の全てを学校だけで解決することは、難しい時代になりました。保護
者や地域の方々はもとより、地元市町村教育委員会等との連携が不可欠です。と同時に、
道立学校にあっては、道教委との連携が重要です。連携には意志の疎通、共通理解が
何よりも大切かと思います。定期的に発信される「未来人」が、学校と行政をつなぐ
情報のパイプ役として、北海道の教育の充実に大きな役割を果たしていくことを期待
しています。

                 新しい高校づくり推進室参事(改革推進) 宮田 日出夫


No.79 2013年5月31日発行【随想】「趣味を通して」

 平成22~23年度に勤務していたオホーツク管内の高校では、男子は約26km、女子
は約16kmの校内マラソン大会が毎年実施されておりました。
 生徒の健康管理及び大会の安全確保の観点から、体育の授業では、男子は約4km、女子
は約3kmの持久走が行われていました。生徒にとって持久走は得意、不得意がはっきり分
かれる種目です。また、瞬発系の筋肉と持久系の筋肉の働きの違いにより、校内でも運動
全般に高い能力を有すると認知されている生徒が必ずしも上位になるとは限りません。
体育科教員は、生徒に決して無理させることはありませんでしたが、記録の向上(タイム
の短縮)を意識させる指導が行われており、生徒が達成感を味わうことができるよう配慮
されておりました。

 ここからは自分のことになりますが、教員の指導状況の把握と生徒とのコミュニケーシ
ョンを促進しようと、生徒とともに持久走を行いましたが、何時間も走るうちに、自分は
ランニングが嫌いではないことに気づきました。その後、ハーフマラソンやフルマラソン
にも挑戦するようになりました。幸いにも途中リタイアの経験はなく、完走できておりま
す。競技暦2~3年の発展途上のランナーですから、今のところ記録が伸びていること
が、ランニングを続けている大きな理由だと考えています。今後も、自分の体力と年齢を
意識しつつ、無理をせずに取り組もうと思っております。

 こうした中、今年の2月には外部のランニングの講習会に初めて参加し、異世代の方や
ベテランの方とも一緒に冬道ランニングをしました。また、6月からは別な講習会に参加
する予定で、楽しみにしているところです。職場以外の方との交流はこれまでも経験して
おりますが、大変新鮮に感じることが多く有意義な機会であり、今後も充実させたいと
強く思っております。皆さんも、趣味を通して多くとの方と交流を広げられてはいかがで
しょうか。

                           学校教育局高校教育課長 小山 茂樹


No.80 2013年6月28日発行【随想】「献血のことなど」

 私は、自分の血液型がA型であることは子どもの頃から知っていましたが、Rh-だと
知ったのは40歳を過ぎてからでした。それまで一度も献血をしたことがなかった私は、
数日後、何かに導かれるように血液センターに行き、生まれて初めて献血をしました。
献血は【受付→問診→簡易検査→採血】の順で手際よく進み、ウエットティッシュやタオ
ル、ジュースなどをいただいて帰宅しました。数日後にはハガキで血液検査の結果が送付
され、自分の健康管理に役立つことも知りました。
 受付では、「希有血液」の登録もしました。緊急手術などで当該の血液型が不足する
場合などに献血の要請があれば応じることを承諾するものです。それ以降、一年に2~3
回の頻度で要請に応じながら約10年が経過しました。仕事が忙しくてもこれだけは行か
なければならないという私なりの使命感もあり、現在まで対応率は100%です。採血台
の上に横たわり、自分の血液が太いチューブを通して透明なパックに吸い込まれていくの
を見ながら、数日後に行われるはずの手術の成功を祈っている10分あまりの時間は、
特別な才能のない私がほんのわずかでも誰かの役に立っているように思える瞬間です。
 ところで、私は献血をするようになるずっと前から骨髄バンクに登録しています。いま
だにドナーになったことはなく、「珍しい血液型だからHLA型(※)の適合率も低いの
だろうか」といかにも素人の考えをもっています。骨髄液の採取は献血とは違い麻酔を
施し背中に太い針をさして行う大がかりなものですが、骨髄移植は大変な病気をかかえ
る患者さんにとって有効な治療方法であることから、私なりにいつでも応じる覚悟はでき
ているつもりです(現在、友人が骨髄移植の必要な病気と闘っており、その覚悟は一層強
いものとなりました)。私は、骨髄移植で助かる命があるなら、すべての人のHLA型を
登録してもよいのではないかとさえ思っています。
 ドナーの年齢制限である55歳まであとわずか。それまでの間に誰かのお役に立てるか
どうか微妙な情勢になってきました。
 HLA型が一致する方からの連絡をひそかに待ち続けてもうすぐ20年になります。

 (※)白血病や再生不良性貧血などの患者さんの治療法として骨髄移植があります。
  HLA型とは、ヒト白血球型抗原の略で、個人に固有の遺伝性の抗原です。患者さん
  は、HLA型が一致する人から骨髄液の提供を受ける必要がありますが、型が一致す
  る確率は兄弟姉妹で4人に1人、それ以外では数百人から数万人に1人程度と言われ
  ています。

                                学校教育局義務教育課 辻  俊行


No.81 2013年7月30日発行【随想】「「選択する」ということ」

 私が、普段仕事をする中で、今後の仕事の進め方や事務事業の内容などについて検討を
している際に、よく思い出す話があります。
 それは、10年ほど前、高校の総合学科の設置促進に関わる事務を担当していた際に、
とある会議における講師の方からの話であります。
 皆さんもご承知のことと思いますが、高校に総合学科という単位制の学科があります。
総合学科の高校では、生徒が学校で開設されている多くの科目から、自分の興味・関心等
に応じて科目を選択・履修し、習得していきます。
 その講師の方からの話は、『以前、総合学科に在籍している生徒と話をした中で、その
生徒から、「科目を「選択する」ということは、選択しなかった多くの科目を「捨てる」
ことであり、選択することはとても難しいことに感じる。」といった話があった。このこ
とからも、学校においては、生徒が自分に合った科目を自ら選択することができるよう、
ガイダンス機能を高めていくことが重要である。』というような内容でありました。
 「選択する」ということは、「判断(決定・決断)する」ということにもつながり、
仕事に限らず、普段生活する中でも様々な場面で出会い、また、多くの迷いや悩みを生じ
させるものと感じています。日常の仕事の中でも、おそらく多くの職場で共通していると
思いますが、ある政策や取組を進めるときには、考えられるいくつかの案について、
メリットやデメリットなどを比較検討しながら、期待される効果を予想して、最もベスト
なものを選択し、決定していくことと思います。
 「選択する」際には、「選択するもの以外は捨てること」といった意識を持ちながら、
事前に、的確な選択を行うために必要な様々な情報を得ておくこと(ガイダンス機能とは
少し違うかもしれませんが)も重要であると考えます。
 私も、仕事をしていく上で、多くの方々の意見やアドバイスを得ながら、適切に選択、
判断し、また的確なアドバイスや情報を発信していけるよう、取り組んでいきたいと
思います。

                    総務政策局教職員課服務担当課長 堀本 厚


No.82 2013年8月30日発行【随想】「自然科学に親しみましょう」

 4月の異動で始めて教育行政の仕事をすることになり、あらためて小学生の頃の断片的
な記憶を思い返してみました。
 私の学年は男子ばかり6人で複式学級でしたが、小学5年の時、授業の合間に先生が
「光より速い速度で飛ぶことができたら、時間を遡ることができるのではないか」とタイ
ムトラベルの話をされました。私には、どうして時間と速度が結びつくかの納得できませ
んでした。その頃の私の認識では「時間は物体の運動を計るための物差しのようなもの」
というようなイメージだったと思います。(一般的には、光には質量がないと考えられて
いますので、質量のある物体が光速を超えることはないのですが…)
 しかし、大人になってから、相対性理論では、空間と時間は、絶対的なものではなく、
物体の運動や重力により伸び縮みするということがわかり、空間や時間にかかわる認識を
変えざるを得なくなりました。
 自動車のカーナビに利用しているGPSシステムは、地上と人工衛星の原子時計に生じ
る時間のずれを補正するために相対性理論が使われています。実際に、地球の重力や人工
衛星の周回運動などの影響で、時計の時間がわずかに遅れたり早くなるということです。
 私は、子どもの頃から昆虫や両生類などの生き物が好きで、自然科学に興味を持つよう
になり、今も、分子生物学や量子力学など興味の赴くままに、文系の私でも理解できる本
を読んだりしています。理科離れが進んでいるという話を聞くと、ゲノム配列や宇宙の進
化など、様々なことが解き明かされている中で、もったいないと思ってしまいます。身近
なところから自然科学に親しんでみてください。

                         学校教育局特別支援教育課長 佐藤 和彦


No.83 2013年10月29日発行 【随想】 「大人の生活改善」

 高血圧症と診断されてから生活改善を始め5年が経つ。お昼に定番の蕎麦と一緒に食べ
ていたそばつゆ(2つ)が良くなかった。かつを節とそば湯の香りがたまらなかったが今で
は禁飲している。診療所のお姉さんの指導で食事療法やら生活習慣の改善に取り組んでい
るうちに、最近、少しコントロールできるようにり、生活改善の効果を実感している。
 私の場合、塩分過剰のほか、特に睡眠不足と身体ストレス(運動や仕事のし過ぎ?)が過
重の時は数値が上がり、睡眠や運動がほどよく取れたときは数値は安定している。
 食事療法では、みそ汁は晩だけにして、朝食のフルグラ、バナナ、黒酢は効果がありそ
うで続けている。
 この歳になってから生活改善をまじめに取り組んでいる姿はおかしくもあるが、息子の
冷笑にも負けず、6時半からの朝のラジオ体操や万歩計生活を続けている。
 道教委が今推進している学力・体力向上運動で、子どもたちの望ましい生活習慣を定着
させるため、早寝早起き朝ご飯運動の推奨や、生活リズムの改善のために、1日の運動時
間やメディアの時間などの目安を示して保護者等へ呼びかけている。子ども達の生活リズ
ムの改善には保護者をはじめ、家庭の協力が必要であって、そういう意味では家庭の生活
習慣の改善の取組でもあるのではないかと思う。
 地下鉄や歩きながら携帯を見ている大人の姿を目の当たりにしている中で、子どもだけ
に呼びかけるのではなく、大人の実践も必要であって、まさに大人が背中を見せて、こど
もたちに呼びかけることが大切と思っている。

                         生涯学習推進局生涯学習課長 浅井 真介

No.84 2013年11月29日発行 【随想】 「万が一の時のために」

 「また、飲みに行こうな。」「おぅ、またな。」これが彼との最後の会話になりまし
た。
 人は皆、いつかは最期の時を迎えます。しかも、それは突然やって来ることもあり
ます。皆さんは、いつ来るか分からない「その時」のための準備をしていますか。
 人によって準備することは様々だと思いますが、私はその一つとして、エンディングノ
ートを書き始めました。エンディングノートについては、数年前に話題になったことから
ご存じの方も多いと思いますが、自分に万が一のことが起こった時に備えて、自分に関す
る記録(経歴や思い出など)、自分の思いや伝えたいこと(介護や延命治療などについて
の考え方、葬儀や墓に関する希望、財産など)について書き留めておくものです。
 書こうと思ったきっかけは、昨年は同期入庁の友人、今年は高校の同級生と、親しくし
ていた知人が続けて他界したことです。
 冒頭の会話は同級生とのものですが、残された御家族の方と話をすると、突然のことで
気持ちの整理がつかないまま葬儀等の対応があり、その中で本人の生い立ちなどについて
多くを知らないことに気づかされ、また、誰にお知らせをしたらいいのか、どんな葬儀に
したかったのかなど、戸惑うことばかりで、済ませはしたものの、これで良かったのだろ
うかとの思いがいつまでも心の負担になっているとのことでした。
 このようなお話を伺い、家族の負担を少しでも軽減できるなら「書き残しておかなけれ
ば」と思うに至りました。
 多少のためらいがあったものの、書き始めると、これまで漠然としか考えていなかった
「伝えるべきこと」が具体的に整理されてきました。また、これまでの人生をじっくりと
振り返ってみたり、今後の生き方と向き合うきっかけになるなど、書き記すことは家族の
ためだけではなく、それ以上に自分自身を見つめ直す貴重な機会となっていることに気づ
きました。
 万が一の時のために、皆さんも書かれてみてはいかがですか。

           生涯学習推進局生涯学習課子ども地域支援担当課長  山本 昭彦


No.85 2013年12月26日発行 【随想】 「こだわり」

 10月、久しぶりに釧路に出張した。最近、課内で特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」
が話題となっていたので、昔懐かしい「まりも羊羹」を課内のお土産に買おうと改札前
の売店をのぞいた。そこにあったのは、昔からよく見ている丸い緑色の羊羹が箱に収ま
ったものだ。「ああ、これこれ」と手に取ると、箱には「まりもの湖羊羹」と印刷して
あった。「まりも羊羹」ではないのか。時間があったので、和商市場ものぞいてみた。
すると「まりもの古里羊かん」というのもあることが分かった。再び、駅へ。いくつかの
店をのぞいてみると、「商標登録まりもようかん」というのを見つけた。阿寒湖温泉の店
が製造販売している。結局、課内へのお土産は、この「商標登録まりもようかん」10個入
り3袋となった。札幌に帰って、ネットを見ると、他に「まりもこちゃんの大好物」「あ
かん」などもあることが分かった。「まりも羊羹」もいろいろあるのだ。
 どれがオリジナルで、どれが二番せんじか、また、「本家」「元祖」を議論するつもり
はない。「まりも羊羹」は、味というより、薄いゴムに包まれ、つまようじでプチッと刺
して食べるのが、面白い。いずれの「まりも羊羹」もその点は問題ない。また、特許や商
標の登録を議論するつもりもない。とにかく、気になるといろいろ調べ、確認し、こだわ
ってしまうのが、現場屋上がりの私の性分なのである。
 昨今の虚偽表示は、まさに「こだわり」偽装だ。「こだわり」を逆手に取った、確信犯
である。少々根が深く、問題も多い。騙される方が悪いといえばそれまでだが、当事者は
信用を売っている大手ホテル・デパートである。何事も真摯に、愚直にこだわってもらい
たい。それが「お・も・て・な・し」の原点のような気がする。
 年末年始、いろいろ物入りの時期だが、1年に1度だからと、結構、大盤振る舞いもあ
るかと思う。しかし、伊勢エビや車エビがなくても、正月気分は味わえる。いつもより少
々長い年末年始の休みである。改めて、何事も身の丈にあった「こだわり」をゆっくり考
えるのも良いのではないだろうか。

                      生涯学習推進局文化財・博物館課長 長沼 孝

No.86 2014年1月31日発行 【随想】 「冬季オリンピックを機会に」

 朝、最近は寒い。本当に寒さが身にしみると感じる。
 雪の降った朝は、まるで仕事のように雪かきをして、役目を果たしたと思いほっと
する。
 だからどこかに出かけるわけでもないのに、天気予報がやたらと気になるのだ。
 子供のころ、雪が降るのが待ち遠しかったはずなのに、いつからか冬が嫌いになって
しまった。
 地方勤務の時、町営野球場で高校生の練習試合を見た。
 なかなか面白い試合で、地元校の投手は巧妙軟投派、相手校の本格派投手との投げ
合い。
 後でわかったが、相手校は駒大苫小牧。投げていたのはなんと田中将大(マー君)選手
で、その年は甲子園で大活躍、ひいき応援の甲斐が実り、今年からは大リーガーになる。
 マー君に限らず、サッカー、ゴルフなど、最近の日本のスポーツ選手の活躍はすごい。
 一昔前、日本人は体力では欧米人にかなわないと言われていたが、そう思うことも
なくなってきた。
 しかし残念ながら、北海道の子供たちの体力・運動能力は全国に比べ低い。
 以前、子供たちにスキーの指導をしたことがあるが、ジャンプや八の字滑走など、
いろいろな場面を作り一緒に遊ぶと、子供たちの目が輝き夢中になって遊びの天才的
才能を発揮し始める。子供たちが興味や関心を持ち意欲的になっていくのには、こうした
ほんの小さなきっかけも大切なのだと思う。

 まもなく4年に一度の冬季オリンピックが始まる。私たちの期待である多くの道産子
選手たちの活躍を、家族みんなで観戦応援してはどうだろう。子供たちが運動へ関心を
持つきっかけになるのではないかと大いに期待している。
 日本選手団!北海道の選手たちがんばれ!
 私も選手になった気分で、体を揺らして応援しようと思う。
 そしてもう一度、道産子らしく、雪かきを楽しもうかなとも思う。

                              教育職員局参事(渉外) 上野 靖


No.87 2014年2月27日発行 【随想】 「美術館に行ってみよう」

 私は美術に特に造詣が深いわけではありませんが、昔から絵画等を鑑賞するのが
好きで、定期的に美術館等に通っています。

 一昨年の平成24年、近代美術館に勤務しているという環境にも触発され、9月の初め
に夏期休暇を利用し東京や横浜などの美術館巡りをしました。
  上野公園にある東京都美術館では、オランダの「マウリッツハイス美術館展」が開催
されており、特に、アメリカの作家トレイシー・シュヴァリエの小説を基に、平成15年
(2003年)にスカーレット・ヨハンソン主演で映画化され再ブレークした、フェルメ
ールの「真珠の耳飾りの少女」やルーベンスの「聖母被昇天」など世界的に有名な作品が
展示されていたことから、平日にもかかわらず大勢の人が来館していました。  
 9月というのに34度を超える気温の中、美術館の外で20分、ロビーで40分程度
待たされ、さらに「真珠の耳飾りの少女」の展示室では30分待ちの状況でした。(待つ
ことが不得意な北海道人(私だけでしょうか?)としては若干の抵抗がありましたが)
 その後、この展覧会での1日平均来場者数が1万573人で、この年の世界最多記録で
あったとの報道があり、当日の混み具合に納得できたところです。

 ご存じのとおり、道内にも近代美術館を始め、三岸好太郎美術館、旭川美術館、函館美
術館、帯広美術館の道立美術館、文学館、釧路芸術館などの道立博物館や市町村立の美術
館等があり、毎年、国内外の有名な作家の作品などを展示する企画展や各館の魅力ある
所蔵品を展示する常設展が開催されています。
 実は、近代美術館でも昭和59年(1984年)に「マウリッツハイス王立美術館展」
が開催され、「真珠の耳飾りの少女」が展示されていたのです。
 身近にある美術館や博物館で落ち着いた雰囲気の中、ゆっくりと海外や国内の有名な
作品や魅力ある作品の鑑賞が出来るのです。

 ところで、作品の鑑賞の仕方ですが、これは人それぞれだと思います。
 「真珠の耳飾りの少女」のように、作品を題材とした小説や映画と比較して観たり、
或いは、作品の描かれた時代を知り、その時の時代背景や日本の同時代との対比を考え
ながら眺めるのも楽しいものです。
 そして、多くの作品の中には自分の感性にあった作品が必ず何点かあるものです。

 今年も各館で様々な展覧会が予定されています。
 是非、皆さんも、日常の喧騒を忘れ、心に響く素晴らしい作品に出会える美術館や
博物館に、ご家族や友人と足を運んでみてはいかがでしょうか。

                          教育職員局給与課長 小野寺 淳司


No.88 2014年3月28日発行 【随想】 「雑感 ソチオリンピック」

 ソチオリンピックは、テロの脅威にさらされる中での異例の五輪だったが、大きなトラ
ブルもなく大会は終了し、日本は、金1、銀4、銅3の計8個のメダルを獲得したが、メ
ダルの数では、金5個を含む10個のメダルを取った長野五輪(1998年)以上という
目標には及ばなかった。
 そんな中、「オリンピックでメダル」というのが本当に難しいことなんだとつくづく感
じさせられたのが、高梨沙羅選手のジャンプ。
 今シーズン世界大会では殆ど負け知らずの高梨選手が、たまたま勝てなかったのが、
4年に1度きりのこの大会であった。一方、過去の大会では、全てのレースで先行してい
た選手が転倒するやら失格となるやらで「奇跡の金メダル」を獲得したオーストラリアの
スケート(ショートトラック)選手もいる。慮るに、オリンピックでメダルをとるには、
実力もさることながら、運命的な巡り合わせがあるように感じてならない。だからこそ、
皆、オリンピックのメダルは特別なものと感じ、夢見るのだろう。
 「夢は凧のようなもの。」と聞いたことがある、高ければ高いほど小さく見えるが、糸
(気持ち)をしっかり持って、少しずつでもたぐり寄せれば、時間はかかるがいつか手に
することが出来るものなのかも知れない。
 スノーボード女子パラレル大回転で銀メダルを獲得した竹内智香選手は4回目、外国選
手に「レジェンド」と敬われ、冬季五輪の日本勢で最年長メダリストとなった葛西紀明選
手は7回目のオリンピックとなるが、諦めずに夢を追い求め、こつこつと努力を積み重ね
てきた歳月の重さはいかばかりか・・
  「何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われな
いかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非
常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。       【羽生善治】」
 次期開催は、韓国の「平昌」。高梨選手をはじめ多くの才能ある「どさんこ」の挑戦を
期待しながら4年後を楽しみに待ちたい。

                              教職員事務センター 丹羽 則孝


No.89 2014年4月30日発行 【随想】 「『北帰行』&『北海道中央フライウェイ』」  

 今月中旬に空知の実家に行ってきましたが、朝8時頃、庭木の冬囲いの後始末をして
いたところ、「クオッ、クオッ」とか「クワッ、クワッ」という声を聞き、何事かとその
方向を見上げると、10羽ほどのハクチョウが逆V字になり、飛んでいきました。
 よく見るとほかにも5羽や10羽の群れが逆V字や一列になり飛んでおり、中には着地
点を探しているのか田んぼの上を飛び回ってもいました。
 その後も小さな鳴き声が途切れないので、その方向にしばし歩いて行くと、100羽
ほどのハクチョウが休憩か朝の食事時間なのか、田んぼの水たまりに浸かっていたり、
地面をつついたり翼を休めていました。近づいても逃げないのには驚きです。
 渡り鳥には、ウイルスを運んでくるという恐ろしいイメージもありますが、その大きな
白い姿は優雅であり、またゆったりとした動きは心を和ませてくれます。
 雪が溶け地面が顔を出す時期、本州で越冬したハクチョウが、遠くシベリアの地へ
もどる渡りの時期なんですね。実家の上を飛ぶルートを北海道中央フライウェイという
そうです。空の道央高速道路でしょうか。記憶をたどると昨年10月に親父の気分転換に
とドライブ中、逆に越冬のため南の地に渡るため田んぼで休憩していたのを思い出し
ました。
 渡り鳥は太陽の位置や地磁気を感じ取って目的地まで飛行するそうですが、毎年同じ時
期に同じルートで、渡りを繰り返すことは不思議でたまりません。渡りの時期や飛ぶ方向
は、何百年あるいは何千年と何世代にわたり誰に教わることなく本能として、身体の遺伝
子の中にすり込まれているのでしょう。
 よく新聞やニュースでは、春に渡り鳥が北に帰るとき、「北帰行始まる」などと表現
されます。「北帰行」という言葉の意味は辞書にはありませんが、小林旭氏の持ち歌で
あることは知っていました。調べると氏の主演映画「渡り鳥シリーズ」の主題歌でも
あったそうで、渡り鳥と「北帰行」という言葉には何か哀愁を帯びた不思議な縁を感じて
しまいます。
  私の見たハクチョウの群れが長旅を無事に乗り切り、シベリアでの短い夏を子育てに
勤しみ、秋にはまた元気な姿を見せてくれることを期待し、私も一日一日を惰性に流され
ず、目的を持って健康に過ごさなければと思いつつ、その場を離れた次第です。

                    学校教育局参事(生徒指導・学校安全) 高塚 信之


No.90 2014年5月30日発行 【随想】 「意識すること」 

 自分なりに心がけていることがある。
 それは、相手の立場に立つことと、一つだけ先を見ることだ。
相手に何かを説明する、あるいは課題を解決するなど、相手の立場に立って考えたり、
行動することが大切だと思う。
  相手にうまく(分かりやすく)伝えるためには。
よく言われるのは、まず先に結論や概要を述べてから説明すると分かりやすいという。
また、その相手方が基本的な情報をある程度知っているのか、相手の状況を考え、場合
により具体例を示したり範囲を特定したりする必要もある。
  これは、ある人から聞いた話であるが、
「3×0が、なぜ0になるのか?」子どもに分かりやすく教えるためには?
この答えは、「おへそのないカエルを何匹集めても、おへそは0でしょう」とのことで、
なるほど分かりやすい。
 逆に、「明日、映画(タイトル)を見に行こう」
恋人や気心が知れた友人同士の会話で、お互い何時も一緒に見に行く時間や映画館が
決まっている場合はある程度意思の疎通はできるが、そうではない場合、明日、何時?、
何処へ?、車で(どのように)?、不明だらけ…時には範囲を決めたり、補足することも
必要となる。
 次に、一つだけ先を見ることは、その後の展開を予想することである。
例えば「Aの事柄」について説明したとき、相手がすぐに理解してくれれば良いがそう
とは限らない、「A」については理解したが、「A’」や「B」についてはどうかと尋ね
られることもある。予め想定しておくことで、対応できる場合もある。
  一つ先を見ることは、場合によっては二つ、三つ…と先を見る必要も出てくる。最初
は気付かなかったことが、あ~そうか、そういうことも考えられるのかと…。
 ビジネスのルールに、「80対20の法則」(リチャード・コッチ)があるという。
20%の対策が80%の効果を上げ、残りの80%の対策は20%の効果を上げている、
というもの。例えば、ある製品に関するクレームに対して、改良案が100あった場合、
その中の20%を実施すれば、クレームの80%は解消できてしまうとのこと。つまり、
100の対策にすべて同じ重みがあるわけではなく、必ず「より効果的な20」が存在
する、というもの。これは学習などにも当てはまるそうです。
 より効果的な対応を行うためには、それらの事象に対する傾向と対策が必要となる。
仕事柄、相手に説明することや人前で話すことも多く、また、様々な課題に対する対策等
を考える機会が多くなってきている、何事も心掛けが必要かと思う。

                   総務政策局総務課法制行政管理担当課長 馬橋 功


No.91 2014年6月30日発行 【随想】 「歳月人を待たず」 

 新採用の頃、教育庁では『庁内だより ひろば』という名称の広報誌が発行されて
おり、その「ルーキーです よろしく」のコーナーに自己紹介文を掲載する機会を与え
られた。記念にと仕舞っておいたはずが、引越を重ねるうちに見当たらなくなっていた
ところ、10年以上も前になるだろうか、突然、職場の先輩からコピーを渡された。その
時、どういう遣り取りをしたかは覚えていないが、「家庭・学校のみならず社会全体が
自律機能を失いかけている状況の中での教育、そして教育行政はいかにあるべきか」、
新採用当時に自分がこのような問題意識を持っていたことを改めて思い起こすことと
なった。
 漫談家の綾小路きみまろのフレーズを借用すると、「あれから30余年!」。社会は
さらに混沌とし、先が見通せなくなってきているが、こうした根源的な問いは、日々の
仕事の中では意識の端のはるか遠くの方に追いやられてしまいがちであるし、何かと
ストレスが多いこの社会では、むしろ適度に忘れてしまうことが精神衛生上は必要なので
あろう(とはいえ最近「忘れていた」と言うことが多いのには困惑)。
 しかし、「そもそも」とか「本来」とかを考えることは仕事に面白味というエッセンス
を加えるのではないだろうか。そして、実体験から言うと、その時々、自分なりに真剣に
考えたことは忘れないものである。また、感じたことも同じ。そうした思いを大事にしながら、
日々気持ちを奮い立たせるのだが、仕事の面でも私生活の面でもなかなか行動が
伴っていかないのが実態である。
 学生時代に特別の思いで購入したはずの「○○全集」と「△△著作集」が本棚から
「いつ読んでくれるの?」と囁いている。

                                              総務政策局施設課長 笹井 裕 

No.92 2014年7月31日発行 【随想】 「教職員の加配について」

 道教委の教育政策課は教職員の加配も担当している。
 加配とは、法律や条例で定められた標準的な教職員数に加えて、政策的な観点から
配置されるものを指す。
 平成26年度は、学力向上に向けた指導方法の改善などの取組に、小中学校だけで
2,500名を超える教職員が加配された。
 その1名1名について各学校・市町村教育委員会から申請を出してもらい、教育局・教育
政策課の担当職員が内容を確認し、質問し、要否を審査する。
 書面審査では、学校の「思い」と「覚悟」に期待している。
 加配教職員の配置を望まない学校はないだろう。
 ただ、数には限りがある。当然、少しでも教育効果の高い学校に配置する責任が道教委に
はある。
 どの学校の取組が良いか、どんな「思い」があって、その「思い」を実現する「覚悟」が
あるどうか。それをみたい。
 着任して3か月と少しばかりの私でも、文字が伝える「思い」と「覚悟」は学校によって
大きく異なり、その差は歴然としている。
 もちろん、書面審査が全てではなく、加配校への訪問も行っているが、それでも全ての
学校を訪問できるわけではない。

 やはり、加配の教職員が生きるかどうかを最もよく知るのは学校である。
 子ども達の現実を見て、学校全体としての「思い」を固め、検証可能な指標に落とし
込み、それを目標とする「覚悟」。それが問われている。

 来年度の加配については、今月中に募集通知を行い、10月には計画調書が教育政策課に
届く予定である。
 多くの学校の「思い」と「覚悟」が感じられることを楽しみにしている。

                                                           総務政策局教育政策課長 桜井 康仁 


No.93 2014年8月29日発行 【随想】 「趣味から学ぶ」

 不安定な天候が続き、局地的に猛烈な雨が降った北海道らしくない夏が過ぎようとして
いる。これからは、いつもの北海道らしい秋になるよう期待したい。
 秋は、山海の味覚が揃い、山は鮮やかな秋色に染まったりと、私が好きな季節を
迎える。
 趣味の下手な「写真」の撮影にも、気持ちが高まってくる。
 写真を始めたきっかけは、30歳代後半に上司が撮影したポジフィルムを見て心を動か
され、自分も感動の一瞬を切り取りたい気持ちにさせられたことだった。
 それから、最低限の機材を揃え、基本的な操作のアドバイスを受け撮り始めた。風景、
動植物、スナップなどを写しても単なる記録写真のようで、心に響くものは撮れなかっ
た。到底、人に何かを感じてもらえる写真ではない。
 作品と言える写真作りに向けて、写真関係の本で学習するのは勿論、写真展だけでなく
絵画等の展覧会を鑑賞したり、過去の撮影データの活用や被写体の特徴、生態の理解、
気象条件の予測など、技術や構図、様々なことを学んだ。
 何歳になっても、何時でも、何処でも、絶えず学び続けなければ、自分の写真のイメー
ジに近づかない。繰り返し努力をしているが、今もなかなか思い描いた写真が撮れず、
いつも悩んでいる。
 まだまだ、自分の満足できる作品作りの到達点は見えない。
 そんな時、ゲーテの言葉「人間は、努力している間は迷うものだ。」を思い出す。迷うから
こそ、それを克服するには、学びが必要であり、それが面白いのかもしれない。
 このようなことから、子ども達には、夢を持ち、夢の実現に向け、迷いの楽しさ、努力
の楽しさ、克服するための学びの楽しさを子どもの頃から身に付け、ゲーテの言葉の
如く、生涯迷い学び続けて成長していって欲しいと願っている。
 自分自身も学び続けることが、高齢者特有の疾病の予防にもなることと信じ、また来春
の写真展に向けて作品作りに励んでいきたい。

                      総務政策局教職員課制度担当課長 安部 和彦


No.94 2014年9月30日発行 【随想】 「本と向き合う生活」

 私は読書自体を楽しむ・親しむということが、これまでの自分の生活の中に特には
なく、読むものといえば、自分の趣味や実益に叶うような本。子どものころを思い起こせ
ば本を読む習慣がなく、読むことより物を見ることが中心の生活。
 いわゆるテレビっ子であった。
 そんな中、自分の生活の中で読書そのものへの環境に少し変化があった。スマホで
ある。とかく子供への悪影響が懸念される代物ではあるが。
 3年前、スマホに乗り換え、最初は物珍しさから指でタッチしながらSNSやゲームア
プリに熱中。飽きが出てきた頃、たまたま検索でソニーや楽天の電子図書アプリに出会い
早速ダウンロード。往復30分の通勤、電車に揺られながらつかの間の読書が楽しめる。
何故か飽きっぽい性格なのに「電車で読書」は今もなんとか続いている。
 自宅では、時折図書館から本を借り、時間があれば本をめくっている。図書館まで行か
なくともスマホで借りることが出来るからである。新刊の小説、経済誌、新書や雑誌etc
街にある本屋と全く変わらない品揃え。どこまで便利な時代になるのだろうか?

 今年、2年ぶりの教育庁勤務。読書活動や地域支援が担当だが読書の仕事って何?資料
を眺めてみると「読書は子どもの思いやりの心・豊かな感性を育む。読書と学力には相関
関係が。目標もある。図書館からたくさん本を借りよう。毎日本を読もう。」とのこと。
子供の頃の自分の生活ぶりからは耳の痛い話である。
 ただ、自分を擁護するわけではないが、読書は自然に身につくものではなく、親や
教師、周りの環境が大事なわけで、大人の果たす役割がとても大きいはず。
 そうであるならば、子供に説教する前に、読書の時間を毎日の生活リズムの一部にする
こととして、まず図書館に足を運んでみよう。自分にも目標を課そう。「月に本を2冊」
図書館から借りることを最低限の目標にしてみたい。
 一歩ずつでも本と向き合う生活を大切にして、読書そのものを楽しむこと。そして少し
でも自分の成長の糧になれば。今更という人もいるかもしれないが、人生80年。あと
30年もあるのだから。

          生涯学習推進局生涯学習課子ども地域支援担当課長 阿部 武仁


No.95 2014年10月31日発行 【随想】 「連携教育の大切さ」

 3月まで勤務していた根室管内根室市で開催されたフォーラムでのこと。パネリストは
高校の進路指導部長、ホテル関係者、ハローワーク所長。話の内容は、高校でのいわゆる
「学び直し」の授業や企業が求める人材の条件、高校卒業後の離職者の状況などで、特に
参加していた小中学校の若い先生方の熱い眼差しがとても印象的だった。きっと先生方は、
子どもたちの将来を見据えて、今の小中学校で指導に当たらなければならないと感じたの
だと思う。
 最近は幼小中高を見通した学習規律を決めたり、小中高相互の乗り入れ授業の実施や幼
小のスタートカリキュラムをはじめ系統的なカリキュラムの開発など、「たて」の連携を
図る学校が増えてきている。
 一方、胆振管内安平町や留萌管内苫前町などでは、学社融合の推進組織を立ち上げ、学
校の授業などに地域の指導者を派遣したり、先生と町の社会教育主事が一緒に指導案を作
成し、授業を実施している事例もある。また学校・家庭・地域が連携した学校支援地域本
部事業や、公民館などに宿泊をしながら通学する「通学合宿」を実施するなど、「よこ」
の連携を意識した市町村も増えてきている。
 いずれの連携も子どもたちの成長を見守り育てる大切な取組である。

 現在勤務している道立生涯学習推進センターでは、産学官が連携した「道民カレッジ」
事業を実施しているが、今年は一般成人だけでなく、子どもたちの入学促進に努めている。
また、大学放送講座をインターネットで動画を配信(11月から予定)したり、「ほっか
いどう学」検定(小中学生を対象としたジュニア検定は無料、道民を対象とした一般検定
は有料)もインターネットで受検できる環境を整備するなど、学校教育や民間等との連携
を意識しながら、事業を展開している。
 ぜひ北海道の歴史や文化、自然・環境等に興味のある方は、「道民カレッジ」事業や検
定にチャレンジしていただきたい。

          生涯学習推進局生涯学習課生涯学習推進センター担当課長 毛利  薫


No.96 2014年11月28日発行 【随想】 「恩師」

 私には、恩師が二人いる。
 一人は小学校時代の担任、もう一人は高校時代の部活動顧問の先生である。
 小学校時代の恩師は、4年生からの3年間学級担任だった先生で、少年期からの成長段階
で、学級会活動等を通じて、相手を思いやることや仲間の大切さといった今でいうところの『豊
かな心』を育ててもらったと思っている。この先生に憧れ、将来は学校の先生になりたいという
夢を持った。その夢は本人の学力の関係もあり挫折し今日に至っているが・・・。もうしばらく逢
っていないが、お元気だろうかと時に思い出す。
 さて、もう一人の恩師である高校時代の先生とは、先月、数十年ぶりに会う機会があったが、
いまだに緊張して高校生に戻ったような気持ちであった。
 この先生は、部活動指導に熱心、かつ厳しく、夏・冬の休業期間中はもちろんのこと、お正月
の2日間程度を除いては連日指導を受けた。(こうした部活動には、否定的な意見も多いかと
は思うが)
 辛いこと、苦しいことも多々あったが不思議と辞めたいと考えたことはなく、今思うと、その先生
の人間性や子どもたちに真摯に向き合う姿勢に惹かれていたのだろう。
 厳しい稽古ではあったが、そうした中から困難を乗り越える努力の大切さなどを学んだ気がす
る。おかげで身に付けた技術(技量)をさらに向上させたいと思い、それが目指す学校の選択に
もつながった。
 昨今、社会情勢を背景として、子どもたちは将来に夢や希望を持ちづらくなっていると言われ
ている。こうした時こそ、『先生の力』の見せどころである。
 家庭や地域を巻き込みながら、子どもたちへの愛情をもとに、将来の目標を見つけ実現に向
けて頑張る『生きる力』を育んでいただきたい。
 教職を目指した志を忘れることなく、子どもたちに恩師と呼ばれるような先生であってほしい。
そして、子どもたちには、そうした先生に巡り会ってほしい。
 先生から大きな影響を受けた一人として願っている。
  
                                                          教育職員局参事(渉外) 加賀 学


No.97 2014年12月26日発行 【随想】 「今は昔」

  私が勤め始めた昭和54年頃、高校は、所謂、生徒急増期であり、生徒数の増加に対し
て、臨時応急対策として、道立高校を増やしていた時期だった。

 初任地であった札幌西陵高校も、こうした時期に新設された学校の一つで、当時は校舎
建築が間に合わず、札幌北高校の敷地内にあった仮校舎を使用して開校しており、新校舎
の完成を待って西区西野の現在地に移転した。
 移転して間もない札幌西陵高校内には、さらに、札幌稲西高校の開校準備室が開設され
るなど、西区だけでも多くの高校が開校したものだ。

  あれから、35年程経過し、新しい高校づくり推進室の勤務となったが、現在は、児童
生徒の減少から、道立高校の再編整備(統廃合)や学級減が進み、当時を振り返ると、ま
さに隔世の感がある。

 中学校卒業者数は、ピークである昭和63年には92,222人だったが、平成26年
には47,630人となり、推計では、平成27年には45,981人と、ピーク時の半
分以下にまで減少するという状況となっている。
 
 私の出身中学校(小樽市)は、既に数年前に廃校となり、小学校も近々統廃合になると
聞いているが、この減少数を見る限り、時代の流れを痛感している。

 また、高校の再編計画を説明するため、各地に伺い、地域の方々からご意見などをお聞
きする機会には、地域の方々の地元高校に対する熱い想いを再認識している。
  保護者を始め、地域やOBの方々からご意見を伺う度に、高校は本当に多く人々に支え
られていると感じるところだ。

  自身を振り返ると、初任地では開校の仕事を手がけ、最後には再編の仕事を手がけるこ
ととなり、何か複雑な心境というか妙に因縁じみたものを感じているところである。

 ともあれ、故事曰く「百里の道は九十九里をもって半ばとせよ」からすると、まだまだ
気の抜けない毎日ではあるが、年齢では、まだ五十九里の小僧に過ぎず、今後も、わくわ
くする日々がやってくることを期待している。

                    新しい高校づくり推進室参事(高校配置) 鈴木 一友


No.98 2015年1月30日発行 【随想】 「距離感」

  昔、転勤が決まり、小樽市に住んでいた、祖母に報告した。祖母が、「そんなに遠くへ
行くともう会えなくなるねぇ」と寂しそうに言ったことを覚えている。
 赴任先は、倶知安町で、その時住んでいた札幌市とさほど変わらない距離であったの
に。
 祖母は、若い頃、函館から小樽に移り住んで、ずっと小樽で暮らして来た。札幌には行
ったことがあるが、その反対側には行ったことがなかったのだ。
 人は、土地勘がないと距離感を感じてしまう。自分も今住んでいる地域以外だと札幌市
内でもとても遠いところに感じる。
 現在は、東区に住んでいるが雑誌などで料理のおいしそうな店を見つけても手稲区や清
田区だとすごく遠い所に感じて関心を失ってしまう。
 我々の仕事は、言うまでもなく全道一円がテリトリーである。土地勘がないことで地方
に距離感を感じてはならないと考えて、仕事をしてきた。
 そのために、常に北海道の地図を頭に描いて、○○町はどの辺りで、どこからどの道を
通り、どのくらいで行けるところという風にイメージするよう心がけている。
 時間があれば、車で道内を回って土地勘とまではいかなくとも、一度行ったことがある
ところと記憶するように、北海道の道路地図に通った道を色づけしている。
 ほぼ埋まってきたが、道北・稚内周辺と道東・根室周辺がまだ空白となっている。
 今年はついに定年を迎える。時間を気にせず、気ままに車を走らせ、行き当たりばった
りの旅をして、空白を埋めようと思っている。

                        総務政策局教育政策課専門参事 瀬倉 宏規


No.99 2015年2月27日発行 【随想】 「ふるさと」

 昨年10月、田舎で一人暮らしをしていた母が札幌市内の高齢者住宅に引越しをした。
父が亡くなって3年、親戚や知人・友人もいて住み慣れた土地を離れることは、85歳の
大きな決断だったと思うが、体が動くうちにとの希望で家族で相談を重ね決めたもので
ある。
 方向性が見えてきた夏の初めころから、片道2時間近い道のりを何度も行き来し、様々
な手続きや打合せをしたり掃除や片づけに大忙しとなった。
 家や土地の処分、お寺との離檀、墓はどうするか。また、家具や衣類、アルバムまで、
家の中の諸々の始末。次の住まいの問題もある。

 高校卒業と同時に田舎を離れ、以来度重なる引越しをしてきた私にとっても、実家の引
越しは想像していた以上に大変で感慨深いものだった。作業が進むにつれ、古い想い出が
頭の中を巡り、取るに足らないかすかな記憶が蘇る。そして当日、母を隣に乗せ車を発進
させると、帰る場所のなくなってしまう寂しさが漂ってきた。

 私の通った小学校や中学校も、とうの昔になくなっている。
 今、全道で少子高齢化などによる過疎化が急速に進行し、学校の統廃合や地域の在り方
などについての早急な検討が必要になっている。そうしたなかにあっても、子どもたちには、
今住んでいるふるさとの大切さを忘れず、ふるさとを愛し誇りに思う気持ちを持ち続けて
もらいたいと思う。そこはいつまでもかけがえのない心の原点だから。
 人生が一巡して生まれた年の干支に還るという還暦を迎えた年に、実家を整理し、
ふるさとが少し遠くなってしまったことに何かの縁を感じつつ、そんなことを考えながら車を
走らせた。

                           学校教育局義務教育課専門参事 千田 朗

 
No.100 2015年9月30日発行 【随想】 「右脳派?左脳派?」

 皆さんは自分が「右脳派か左脳派か?」なんてことを考えたことがおありだろうか?
 よく、世間一般では「指を組んだ時どちらの親指が上にきているか」とか「腕を組んだ時ど
ちらの腕が上にきているか」などによってタイプ分けをしているようだが、どうも血液型と性格
の関連性と同様、「正しいと言える根拠がない。」というのが正解のようだ。 とはいえ、右脳
と左脳にはそれぞれ役割があり、右脳は図形や映像の認識、イメージの記憶、直感などを
司る感覚脳、芸術的な脳と認識され、左脳は言語、文字の認識や計算、論理的思考を司る
理論脳、デジタル脳と認識されているそうだ。

 さて、左脳派を自認する(美術が苦手だったので右脳派ではないという消去法であり、全く
根拠はない。)私ではあるが、仕事柄美術館や遺跡を訪問する機会が増えた。
 その際学芸員や文化財保護主事の方に説明していただくのだが、その話が実に面白い。
 私はマイペースな人間なので、今までは美術館に伺った際も、自分のペースで鑑賞し解説
文を見て満足していたのだが、ありがたいことに専門家に説明していただくと、美術作品から
は作者の心情や描かれた背景が、遺跡からは当時の生活や文化、精神世界が生き生きと
胸に響いてくる。

 ところで、恥ずかしながら最近ようやく道内唯一の国宝である「中空土偶」を拝見した。
 約3,500年前の墓から出土した土偶で、縄文文化の貴重な資料であり、土偶としてのク
オリティの高さから、平成19年に国宝に指定された。
 函館市縄文文化交流センターに展示されているのだが、展示スペースの神秘的な演出と
相まって、その何ともいえない表情やCT検査にまつわる冗談のような逸話(紙面の都合上
詳細は割愛させていただく。)に魅了されてしまった。
 「カックウ」という愛称も良いではないか。
 感動のあまり母に「中空土偶、是非観るべき。」と電話をしたら「はいはい。カックウでしょう。
3回観ましたよ。」と言われてしまった。恐るべし超?後期高齢者。
 芸術の秋、感性を磨く場はいろいろありそうだ。

                        生涯学習推進局文化財・博物館課長 長内 純子


No.101 2015年10月30日発行 【随想】 「障がいのある方々にかかわって来て」

 今年の7月31日に永年勤続の表彰状をいただき、これまでの30年間、障がいの
ある子どもたちの教育に携わって来れたことに、あらためて感謝する機会となり
ました。
 大学を卒業し、最初に赴任した学校では病弱教育、2校目では知的障がい教育、
3校目では視覚障がい教育に携わりました。障がいのある子どもたちの教育に携わ
って10年余りたったころ、多くの場面で、「障がいを持っている子ども・・・」
「障がいを持っている人・・・」との言葉遣いが気になるようになりました。き
っかけは、先輩の先生が、「障がいを持ちたくて持った人はいないよね。」との
一言でした。
 様々な考え方があるのかもしれませんが、その頃から私は、意識して「障がい
のある・・・」と話すようにしています。保護者や家族の方々にとって、子ども
の「障がいのある」という状態を受け入れることは、いろいろな思いがあると思
います。当事者ではない私が「持つとは言えなくなった」というのが、その頃感
じたことだったと記憶しています。
 障がいのある方々に係る法整備等が進み、来年4月からは「障害を理由とする
差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」が施行されます。現在は、
行政機関、様々な法人、民間企業等で、今後の対応に向けた検討が進められてい
ます。このような中、今後も、私が大切にしていきたいと感じているのは、家族
や職場の同僚への心遣いと同じく、障がいのある方々に対しても、「過敏になら
ず、当たり前に行える心遣い」です。
 障がいのある方々にかかわって来て、「支援したり、支援されたりする」こと
が、これまで以上に、さりげなく行える社会になっていくことを願う今日この頃
です。

                   学校教育局特別支援教育課長 小原 直哉

 

No.102 2015年11月30日発行 【随想】 「I was born」

 10月27日~11月9日は「2015・第69回読書週間」であった。今年の標語は「いつだって、読書
日和」。読書が心の栄養となり自分自身を成長させ、豊かな人生を送る上で大切なことは頭で
分かっていながら、さらには、義務教育の仕事にたずさわり子どもたちに読書の効用を説く立場
にいながら、情けないことに毎日、本を開くことができない自分がいる。せめて、読書週間くらい
は毎日、本を読もうと心し、選んだ一冊が「吉野弘詩集」であった。今年、いつだったかは忘れた
が、テレビで吉野氏の詩が静かなブームとなっているという番組を見て、いつか読んでみたいと
思っていた。
 その詩集の中に「I was born」があった。“父と歩く少年が身重の女性とすれ違った瞬間、「
生まれる」ということが「受身」である訳をふと諒解し、父に「やっぱり、I was bornなんだね」、
「I was bornさ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意思ではない
んだね。」と語りかける。”

 「I was born」が受身形であることは私も中学生の時に学んだが、この英語特有の言い回し
に何の疑問も持たずに人生を歩んできてしまった。「I was born」の一文から「生まれる」とい
うことが「受身」であることに気付くような感性を持ち合わせていれば、毎日の生活において自
分と関わる方々一人一人を大切にすることや、教育の仕事において子どもたちの瑞々しく豊か
な感性を受け止めたり、秘めた可能性をしっかりと引き出したりすることが少しはできたのかも
しれない。

 読書週間に巡り会った「I was born」は、子どもたちに一度きりの人生を生きる上での基盤
となる力を育む仕事にたずさわる私に、様々な点から一石を投じてくれるものとなった。

                                学校教育局義務教育課長 岸 小夜子


No.103 2015年12月28日発行 【随想】 「年の瀬に思う」

 今年もノーベル賞の授賞式が、彼の命日である12月10日にスウェーデンのストックホルムで
行われました。最近は日本人の受賞が続き誇らしい気持ちになります。「ニュートリノ振動」や北
海道大学の鈴木名誉教授による「クロスカップリング反応」などは難しくなかなか理解できませ
んが、「青色発光ダイオードの開発」では、「これで光の三原色が揃ったんだって」「そういえば、
いつの間にか信号機がLEDになったね」とか、今年受賞した北里大学の大村特別栄誉教授に
よる「寄生虫による感染症とマラリアの新治療法の発見」では、「アフリカや中南米の3億人を失
明から救ったってすごいね」「うちのペット(犬)の感染症予防薬の開発にもつながってるんだって
」など、身近な話題になるものもあります。
 ところで、イグノーベル賞をご存じでしょうか。「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に
対して与えられる賞で今年で25年目になりますが、こちらの賞でも日本人が9年連続受賞して
います。最近受賞したものでは、「粘菌(アメーバーのような単細胞生物)に迷路を解く能力があ
ることを発見」「わさびのにおいが眠っている人を起こすのに有効」「バナナの皮が実際にどれくら
い滑るのか具体的な数値を計測」などユーモアにあふれています。これらの研究がすごいのは、
研究の成果をいかした機器や装置の実用化が進められていることです。粘菌の研究は、渋滞情
報などの道路状況を考慮したカーナビ、わさびの研究は、聴覚障害者や耳が聞こえにくい老人の
ための火災報知器、バナナの皮の研究は、人工関節の開発など、意外なところに役立っていま
す。
 誰も気にとめないようなことでも、興味を持って取り組むことで、何か新しいことが見つかるのか
もしれません。明日から、年末年始の休暇に入ります。私も少しの間仕事を忘れ、自分の身の回
りを見直してみたいと思っています。

                                   教育職員局参事(渉外) 田林 佳彦


No.104 2016年1月29日発行 【随想】 「プラナリアの精神活動について

 昨年5月まで勤務していた教育研究所附属の理科教育センターでは、解剖用のカエルや、ゾウ
リムシ、ヒドラ、ミカヅキモといった、生物の教科書でしか知らなかった様々な教材用の生物が飼
育されていた。その中にプラナリアというかなり原始的な水生動物がおり、1センチ前後の体に菱
形の頭、小さな2つの眼が肉眼でも見え、なぜかそれが「寄り眼」に見えて、とても愛嬌があった。
体をカッターなどでいくつに切ってもそれぞれの切片がちゃんと一匹のプラナリアに再生する、「全
身iPS細胞」のような生物で、再生実験の教材ということだったが、そればかりでなく、餌と何かの
刺激を組み合わせて学習させた個体をすりつぶし、餌として他のプラナリアに与えると、何も教え
なくても餌にされたプラナリアと同じ行動を取る、という話を何かで読んだ。少し怪しい気もするが、
理センの特別講座でも、プラナリアではなくモノアラガイという小さな貝に「味覚」を利用した学習を
させ、それがDNAに与える影響を調べるという実験があった(かなり不正確かも)ので、全くのウ
ソでもないと思われる。
 人間も含め、生物の記憶や意識、精神活動というのはいったい何から成り立っていて、どのよう
に伝達されたり、継承されているのだろう。何がどこまで解明されているのか、そもそも本当に解
明されるということがあるのだろうか。
 学校教育法によれば、「…自然現象について、観察及び実験を通じて、科学的に理解し、処理
する基礎的な能力を養うこと」は義務教育の目標の一つとされていて、さらに小学校の指導要領
の理科の解説によれば、「科学的」という意味は、「実証性、客観性、再現性」を持つことなのだそ
うだ。
 実は今、家にもプラナリアがいて、小さなガラス容器に入れて飼っている。最初は1匹だったが段
々殖え(切らなくても自分で分裂する)、今は30匹ほど。泳いだり、身をよじったり、ちぢこまったり、
集まってみたり、いろいろなことをしている。
 眺めていると、ひょっとしたらプラナリアもプラナリアなりに、より良く生きるべく考えたり努力して
いるかもしれない、などと思い、科学的な認識のためにちょん切ったりすりつぶしたりする気には、
なかなかなれない。

                       総務政策局総務課法制・行政管理担当課長 今村 欣子


No.105 2016年2月29日発行 【随想】 「探鳥会」

 根室で勤務してしていた平成26年の11月のこと、思い立って「日本野鳥の会」の根室支部が
主催する探鳥会に参加した。鶴居村で丹頂を間近に見た以外には縁の無かった私だが、野鳥の
宝庫である根室だからこその経験であると考え、新聞記事にあった「探鳥会の後に秋味鍋を囲む」
という宣伝にも誘われ、集合場所へ足を運んだ。
 会の代表者のワゴン車で、双眼鏡を片手に明治公園、根室港、花咲港と移動しながら、野鳥を
探した。冬の渡り鳥の季節にはやや早く、観察できたのは、オオセグロカモメやユリカモメなどのカ
モメの仲間ばかり。寒さもつのり、鍋への期待も膨らむばかり。
 風蓮湖の近くの趣のある民宿でいただいた地元産の鮭を使った「秋味鍋」は冷えた体にしみて、
絶品だった。「石狩鍋」と呼ばれることも多いが、根室ではいつでも「秋味鍋」であり、道央からの距
離を感じる。
 8名ほどの会員が集まり、楽しく食事しながらの会話が弾んだ。話題は実に幅広いものだった。
 自然観察のベテランである女性会員の方々は、「エゾリス」と「シマリス」の習性の違いに始まり、
熱帯地域のリゾート開発による野鳥減少への危惧、海外から野鳥観察に来る観光客への英語対
応の必要性など、世界的な視野での会話が進む。
 私は男性会員同士のカメラや双眼鏡の性能などについての話題について行くのが精一杯であっ
たが、日頃接点の少ない人たちとの交流はとても新鮮なものだった。
 民宿の窓からは、庭の給餌台に集まっては飛び立っていく小鳥の姿も見られ、結果的に身も心も
温まる一日だった。
 さて、明日はほとんどの公立高校で卒業式。約34,000人が旅立ちの日を迎える。
 社会が大きく変化する時代の中、広い世界でたくましく羽ばたいてほしいと願う。

                         新しい高校づくり推進室 参事(改革推進) 相馬 哲也

No.106 2016年3月30日発行 【随想】 「人間は感情の動物」

 「人間は感情の動物」とは、よく耳にする言葉です。
 そのいわれは諸説あると思いますが、感情が人間の行動の最大の動機となるものであるという
説があります。

 喜怒哀楽といいますが、私たちは、子どもの頃から日々、自分の感情や周りの人の感情に
右往左往させられながら生きています。感情を表に出さないポーカーフェイスの人、逆に、表情や
態度ですぐわかる人など、感情の見え方、表し方は人それぞれですが、多くの場合、感情が人間
を動かしているようです。
 人間は、理性ではわかっているつもりで感情を抑えようとしても、感情は理性よりも強く、心や頭
の中から湧き上がって来ます。私も、頭でわかっていること、正しいと思うことでも、感情の強さに
押され、それとは異なる言動をしてしまい、後悔することが多々あります。
 また、人間関係の良好さやトラブルが生じるなどということは、大抵の場合、この感情によるとこ
ろが多いように思います。たとえ正論であっても、そして、どれほど有意義な内容であっても、話を
聞く側の感情を無視しているのでは、相手は聞く耳を持たず、扉が閉じられているようなものです。
ですから、何かを伝えたい時は、相手の感情のことも考える必要があります。
 しかし、相手の感情を優先して、自分の感情を内側にため込むと、ストレスもため込むことになり
ます。自分の感情をコントロールして適切に表現したり、相手の感情を害さないように自分の考え
や意見を主張できるようになることが、ストレスなく健康に過ごしていくための一つの方法ではない
でしょうか。中々、難しいことですが。
 子どもの社会でも、多かれ少なかれ同じようなことはあります。ましてや、これからの社会情勢
が激変していく時代では、子どもたちには、自分や周りの人の感情と向き合い、感情に対処する
力が大切になります。感情は年齢とともに発達していきます。発達段階に応じて上手に周りの人
たちと関わっていけるように、そして、成長してからも社会で健全に生きていけるように、子どもた
ちの感情を育んでいく必要があると思います。

                                  教育職員局給与課長 田中 一生

No.107 2016年10月31日発行 【随想】 「輝く青春」

 今月、高校生の発表を聞く機会があった。全道の各地区(支部)で選ばれた定時制及
び通信制に通う生徒が競う「北海道高等学校定時制通信制生徒生活体験発表大会」である
。大会名には「生活体験」が付されているが、いずれもこれまでの苦労や失敗、想像を超
える困難や挫折などに、正面から向き合い、たくましく乗り越えてきた自分自身の経験を
飾らない言葉で述べる発表ばかりで、心を揺り動かされるのはもちろんのこと、自らの生
き方を考えさせられる。今年、本大会は60回を数える記念すべきものであった。
 私が会場席に座るのは4度目であったが、今回、初めて私より年上の方の発表を聞いた
。決して裕福とは言えない家庭環境で兄弟も多い中、母親は高校に進学させてくれたこと
、少しやんちゃをして迷惑をかけことや、想いを寄せる女の子に告げられなかったほろ苦
い青春時代のこと、結局高校を中途退学してしまい一生懸命働いたが、中卒のためいろい
ろな場面で苦労したことなどについて、時折「○○少年は・・・」など第三者的な言い回
しを用いながらも赤裸々に語る言葉に聞き入った。
 そして、仕事を続けながら一定の地位も築いた「私」が、なぜ定時制高校に入ろうと思
ったのか、なぜ孫のような世代の子どもたちと机を並べる勇気が湧いたのかが語られてい
く。発表者の「学び」に対する真摯で強い意志、そして「教育」の尊さを感じずにはいら
れない瞬間であった。この発表者の題は「五十年遅れの詫び状」。亡くなられた母親への
メッセージでもある。会場に来られた家族か、在籍する高校の先生への感謝の表れであろ
うか。表彰式で入賞のトロフィーを高く掲げたその姿は、とても誇らしかった。この大会
の各発表は「輝く青春」という冊子に収録されているので、機会があればぜひご覧いただ
きたいと思う。
 会場を出ると、外は木枯らしが吹いていたが心は温かかった。
  
                      学校教育局高校教育課長 河原 範毅


No.108 2016年11月30日発行 【随想】 「W意識」
 
 先日、卒業して40年ぶりの中学校同窓会に、おっかなビックリ(?)な気持ちで参加
してきた。男子16名、女子15名の総勢31名の参加であったが、直ぐに顔を見て思い
出す者や、ややしばらく考えて思い出す者、全く思い出せない者と様々な感覚が入り交じ
っている中、懐かしい思い出話で盛り上がり、当時の中学校時代にタイムスリップする感
覚にとらわれた。
 40年間全く会わなくても共通の時間を過ごしたという意識(仲間意識)がそうさせた
のかもしれない。こうしたことは、誰にでも経験があるものではないだろうか。思い出を
語り合うことで、何となく心がほっこりする感覚はたまらないものである。
 また、これまで、私は小学校教員や、行政に入り指導主事として仕事に取り組んできた
が、それぞれの部署で一緒に仕事をしてきた同僚との久しぶりの再会の宴席などで、つい
ついその当時の苦労話や思い出話に花を咲かせてしまうこともある。それぞれの勤務地に
おいては、常に自分の前には相手がいて、また、組織の中で、同じ目標に向かって仲間と
して一緒に仕事に取り組んできたからこそ、楽しく語り合えるのであろう。
 このことは、これまで、常に相手意識と仲間意識のバランスを持ちながら求められる業
務に取り組むことの大切さを感じてきたとも言える。
 最近の自分の出来事から感じたことを振り返ってみたが、義務教育課は、様々な教育課
題を抱えており、課内のメンバーも大変、忙しい時間を過ごしているものの、常に「W
(相手・仲間)意識」をもって「チーム義務教育課」として楽しく仕事ができればと考え
ているところである。きっと、この先、久しぶりに再会した宴席でも当時の苦労話で盛り
上がることのできる仲間になるのではないだろうか。
 その時が楽しみだ・・・。 
  
                            学校教育局義務教育課長 鈴木  淳

No.109 2016年12月28日発行 【随想】 「師走の大雪に思う」

 窓の外を眺めますと、12月としては記録的な大雪ということで、樹氷などこれぞまさし
く北国の冬といった純白の美しい世界が広がっています。
 
 純白の美しい世界はさておき、人間社会に関することですが、「HSP」という心理学上の
概念をご存じでしょうか?
 
 HSPは、アメリカの心理学者、エレイン・N・アーロン博士が、1996年に提唱した概念
「Highly Sensitive Person」の略で、日本語に訳しますと「とても敏感な人」となります。
 アーロン博士は、その著書「The Highly Sensitive Person」の中で、環境や周囲の出来
事に対し、敏感に反応してしまう気質を持つ人が、男女を問わず、人口の約15~20%の
割合、約5人に1人おり、その気質は後天的なものではなく生来の気質であると発表しまし
た。
 
 HSPの特徴としては、刺激に敏感に反応するため、他者の影響を受けやすい、慎重でマイ
ペース、内向的な人間が多い、トラウマを抱えやすい、ストレス耐性が低いためパニック
発作等を引き起こす場合があるなどの行動特性が挙げられます。
 アーロン博士は、自身がHSPであるとし、HSPの「過剰な敏感さ」がもたらす、これらネガ
ティブな側面だけでなく、非HSP、いわゆる「大らかな人たち」と比較して、鋭敏な感性や
直感力により、クリエイティブな資質をもつ人が多いなど様々なポジティブな側面にも言及
しました。
 
 昨今、多くの職場で人間関係をめぐる様々なトラブルが発生しています。
 恥ずかしながら、私は20年前に提唱されたこのHSPという概念を初めて知りましたが、
現代社会における、特に人間関係をめぐる様々なトラブルへの対処方法を考える上で、そ
の行動特性を理解することは有意義なのかなと思います。
 ちなみに、博士が作成したHSP判定用チェックリストでチェックしてみましたが、自分は
鋭敏な感性や直感力からはほど遠い人間のようです。
 機会がありましたら、試してみてはいかがですか?    
 
 【参考・引用文献】
   「ささいなことにもすぐに『動揺』してしまうあなたへ」
     エレイン・N・アーロン著 富田香里訳 ソフトバンククリエイティブ
  「敏感すぎる自分を好きになれる本」  長沼睦雄著 青春出版社 
  

                             総務政策局教職員課長 原 光宏

No.110 2017年1月31日発行 【随想】 「新聞少年」 

 今ではあまり見かけなくなったが、かつては「新聞少年の日」が制定されるほど、
多くの中学生が新聞配達に従事していた。
 自分もその一人で、毎日、肩から紐をたすき掛けにして新聞束を支え5kmあまりの
行程を徒歩で回っていた。中学生とはいえまだ12歳だった自分にとっては、新聞の重さ
に加え、雨の日も雪の日も休むことができない大変な仕事だった。
 一方で、あたたかい気持ちに触れることもあった。神宮祭の時などには、「ご苦労
様、頑張ってね」と、年配の婦人からねぎらいの言葉とともにお小遣いやお菓子を頂
いたこともあった。
 あの時きちんとお礼を言えていたかどうか少し自信がないが、新聞配達を通して働
くことの厳しさを知り、勤勉さや責任感を培い、人情の機微に触れることができたこ
とは貴重な経験だったと感じている。

 さて、新聞配達を始めたそもそもの理由は、天体望遠鏡を買うためであった。
 当時私は、星座盤を片手に毎晩のように星を眺めるのが好きで、『天文ガイド』と
いう専門誌を定期購読していた。中でも藤井旭という天体写真家が撮る星の美しさに
魅了され、宇宙の神秘と壮大さに夢を馳せながら毎月の発売日を楽しみにしていた。
 念願かない、数か月後には新聞配達で貯めたお金で望遠鏡を買うことができた。
 しかし現実はというと、初心者用だったため、土星の環や木星の縞模様、アンドロ
メダやオリオン座の大星雲くらいは見ることができたが、やっとの思いで買った天体
望遠鏡では写真のように綺麗に観ることができず、期待が大きかった分少しがっかり
したことを今でも覚えている。

 あれから40数年が経ち、出版業界が苦境にあえぎ、老舗の雑誌が次々に廃刊となる
中、現在でも書店に『天文ガイド』が並んでいるのを見かけるたびに、懐かしく嬉し
く思うとともに新聞少年だったあの頃を思い出す。

                         総務政策局総務課長 岩渕 隆


No.111 2017年2月28日発行 【随想】 「教職員の時間外勤務と部活動」 

 近年、学校に求められる役割が拡大する中、教職員の長時間勤務が問題となっていま
す。教員一人ひとりが持っている力を高め、元気で意欲を持って子どもと向き合い、力
を発揮できるようにするためには、時間外勤務を縮減する必要があります。
 道教委では、1月26日に学校職員に係る「時間外勤務等縮減推進会議」を開催しま
した。議題は、変形労働時間制の対象業務の拡大等制度改正、部活動休養日の取組の徹
底などです。
 今回の会議で議題の一つとなった「部活動休養日」については、週1回程度設けるよ
う、道教委のほか、中体連、高体連、PTAなどで申し合わせがされています。しか
し、道教委の調査によると、3割近い中学校、高校が、週1回の部活動休養日の設定
に「割と取り組んでいる」、「あまり取り組んでいない」などに止まっています。
 適切な休養のない行き過ぎた活動は、教職員の長時間勤務につながるだけでなく、
スポーツ障害などの弊害を生むことが指摘されています。最近のスポーツ医学では、
筋肉を太く強くするためには、激しいトレーニングを行った後2~3日休ませて、
またトレーニングを行うのが効果的だとも言われています。筋肉は、トレーニングに
よって一旦傷つき、休んでいるときに修復されて太くなるそうで、毎日トレーニング
を続けていると逆に筋力が落ちたり、怪我をしたりすることもあると言われています。
 また、子どもたちが心豊かに成長するためには、休日を家族や友人と過ごし、様々
な経験をすることも大切です。
 今回の会議では、大会等で良い成績を取りたいという生徒の思いや保護者の期待な
どもあって、一律に部活動休養日を徹底することは難しい面もあり、今後も議論を重
ねていくこととなりました。
 保護者や地域の方々にも是非、週1回以上の部活動休養日に御理解をいただきたい
と思っています。

                 総務政策局教職員課服務担当課長 伊賀 治康


No.112 2017年3月30日発行  【随想】「春を迎えて」

  日毎に暖かさを増す陽の光に春の訪れを感じる季節になりました。この時期、進学や
進級、就職や転勤など、新生活への期待と不安で落ち着かない方も多いのではないで
しょうか。

 我が家でもこの春、ふたりの子どもが3年間通った学び舎を後に、4月から新生活を
迎えようとしています。うちひとりは、進学を期に自宅を離れることになり、先日、あ
わただしく引越しの準備を終え、残る末娘とともに新千歳空港まで見送りに行きました。
 
 NHKの「ドキュメント72時間」という番組で、数年前に、3月末の新千歳空港が撮影
場所となり、遠く離れた地に進学や就職をする我が子や兄弟、友人らと、様々な思いで
別れを惜しむ人々の姿が映し出されたのが強く印象に残っていますが、我が家の場合は
そのような感動的な場面もなく、思いのほかあっさりしたもので、普段出かけるときと
さほど変わらない様子で保安検査のゲートをくぐる娘の後ろ姿を見送りました。
 末娘に「寂しくなるね」と聞いたら、「LINEがあるから」と。最近ではSNSなどで
いつでもどこにいても繋がることができるので、一昔前に比べると遠くにいても心理的
な距離感は縮まり、我が子を送り出す親の不安も幾分和らいだようにも感じます。
 
 私自身も30数年前、大学進学を期にオホーツクの港町にある実家を離れたのですが、
当時住んでいたアパートにはもちろん固定電話などなく、親との連絡はこちらからのみ
の一方通行。それでも貧乏学生ゆえ「電話代がかかるから」とあまり電話をせず、夏休
みや冬休みにも「汽車代がかかるから」と言ってあまり帰省もしなかったように記憶し
ています。働いてからも、一緒に帰省する人数が増えても親不孝は変わらず、両親は
数年前から車で1時間程の所に住んでいるのですが、今はいつでも行けると思う気安さ
から、相変わらずです。
 
 帰省する側から帰省を待つ側に変わり、月日が経つ早さを感じますが、春になったら
今までよりは少しマメに、自宅に残る末娘を連れて両親の顔を見に行こうと思います。
 
              学校教育局義務教育課教育環境支援担当課長 谷垣 朗    


No.113 2017年4月28日発行  【随想】「多様さに触れる」

 「趣味は何ですか?」と聞かれた場合、最近は「中古CDショップめぐり」と答える
ことにしている。
 実際、2ヶ月に1度くらいの頻度で時間をつくり、幾つかの店舗を渡り歩いている。

 ここ何年かで、札幌市内の大手中古CDショップはあらかた行き尽くしたのではない
だろうか。
 目的はもちろん中古CDの購入であり、聴く音楽は年齢とともに移り変わってきてい
るが、近年はもっぱらクラシック音楽(主に交響曲)である。

 好きな人は同様の感想をお持ちだろうが、交響曲はとても奥が深い。
 歴史上の偉大な作曲家が創った数多くの楽曲に対し、各国の著名な指揮者が世界中の
オーケストラと共演して音楽をつくりあげる。

 その結果、数え切れないほどの組み合わせの録音が生み出されるが、それらの音楽は、
たとえ同じ楽曲であったとしてもそれぞれ全く異なる世界観を持つこととなる。
 
 また、1人の指揮者が1つのオーケストラと組んで、生涯を通じて同じ曲を何度も録
音することもある。その場合も、指揮者の解釈の変化やオーケストラの成熟度合い、演
奏ホールの違い、録音技術の進歩などにより全く違う色彩を帯びるものとなる。

 同じ楽譜から生まれるにもかかわらず、とにかく多様なのだ。

 こうした多様さが、楽曲の好みや完成度、演奏者が誰であるかなどを問わず、自分の
感性や好奇心を刺激し、交響曲CDの収集という殆どゴールの見えないエンドレスの道
程を進むことへの意欲につながるのである。
 
 そしてまた、多様さに触れたり理解したりすることは、「一人ひとり」という言葉が
真に大切な意味を持つ現在自分が担当している仕事において、極めて重要なのである。

 余談だが、念のため付け加えておくと、大手レコード店に行けば、あるいは音楽配信
サイトから楽曲を購入しようとしたら、多くの魅力的な組み合わせを簡単に入手するこ
とができるだろう。

 でも、自分としては、在庫が流動的で不確定な中古CDショップを地道に回り、そこ
で未知の組み合わせや廃盤品と巡り会うことに、大きな喜びと至福を感じるのである。
(決して「CD1枚ワンコインだから」という理由ではないのです…。)

           
                   学校教育局特別支援教育課長 山本純史

No.114 2017年5月31日発行  【随想】「恩師との久しぶりの再会」

 今年のゴールデンウィークは、中学時代の担任の先生のご自宅に行きクラス会をする
ため、実家のある十勝に帰省した。

 恩師のK先生のご自宅を訪問するのは、中学校卒業以来、実に40年ぶりであった。

 K先生は、現在、奥様との二人暮らしであり、当日は、奥様の美味しい家庭料理でも
てなしていただいた。K先生には、中学2年生から3年生まで、学級担任としてお世話
になったが、教科指導や進路指導の面でも大変親身に指導していただき、生徒や保護者
からの信頼感も厚く、大変人気がある先生であった。

 K先生は現在、80歳代半ばであるが、教え子の名前や、当時のいろいろなエピソー
ドなどもしっかりと記憶されており、まだまだ元気な様子であった。おじさん・おばさ
ん世代の自分達ではあるが、K先生の前では、すっかり中学生時代に戻り、懐かしい話
しで盛り上がり、とても楽しい時間を過ごすことができた。

 自分達もそろそろ退職後の人生の過ごし方に関心がある年代になったことから、K先
生の現在の生活の様子について伺ったところ、地域の子ども達を集め、およそ二十年間
にわたり早朝からラジオ体操の指導を行ったり、書道教室で指導を行うなど、ボランテ
ィア活動に情熱を注いでいるようであった。

 ご自宅のカレンダーもそうした活動の予定でびっしりと埋まっており、ゆっくり休む
暇もなく大変だとおっしゃる割には、表情は何だが誇らしげで嬉しそうに見えた。

 プライベートな時間を削ってまで地域の子ども達の健全育成のために尽力されている
K先生の生き方を見て、頭が下がるとともに、元気や若さを保つ秘訣がわかったような
気がした。

 振り返ってみて、自分の場合は、退職後には、趣味の時間を中心として、平穏にのん
びりと過ごせれば幸せだなと漠然と考えていたのだが、K先生からいろいろとお話を聞
く中で、地域社会と関わりながら自己有用感(他人の役に立った、他人に喜んでもらえ
たという感覚)のようなものを持てるような生き方ができれば素晴らしいなあと考え直
し、将来のことを少し真剣に考えてみようと思った。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、最後は、お互いに元気で再会することを約束して、
クラス会がお開きとなったが、玄関先まで見送りに出ていただいたK先生と奥様のお姿
を拝見し、お二人がいつまでもお元気で過ごされ、またいつの日か、お会いできること
を祈りながら先生のご自宅を後にした。

               学校教育局参事(生徒指導・学校安全) 川端 雄一

No.115 2017年6月30日発行 【随想】「高校野球」

 先日、円山球場で行われていた春季全道高校野球大会を観戦してきた。選手達にとって
あこがれの円山球場でプレーができることは、大変、幸せなことと思う。

 地下鉄の駅を降りて徒歩で球場に向うが、新緑に包まれた小道の何ともいい雰囲気が好
きである。色鮮やかなスタイルでジョギングをする人、子どもに急かされながら動物園へ
向かう親子など、色々な光景が見られる。球場に向かう自分も、ついつい早歩きになって
しまうが、運動不足のせいか坂道が少々つらくなってきた。

 自分の野球との出会いは、小学校1年生のときであった。母親から新品のグラブを手渡
されたときの興奮は今も忘れない。暗くなるまで一人で壁にボールをぶつけて遊んでいた
りした思い出がある。中学、高校と野球部に在籍し、言い古された表現ではあるが、「泥
まみれの青春」であった。

 高校を卒業して三十年以上経過したが、金属バットの打球音は、いつ聞いてもワクワク
するし、横っ飛びで捕った守備には「上手い!」と思わず声が出る。しかし、最近は、プ
レー以外の様子にも目がいくようになった。攻守交代の時の全力疾走、ピンチの時の声か
け、ベースコーチのきびきびした動き、スタンドで応援する生徒の様子…。チームの一体
感やひたむきさは、こうしたところから伝わってくる。

 野球に取り組む姿勢は、高校で身に付くものではないと思う。子どものときの保護者や
指導者といった大人の関わりが大切なのではないだろうか。ひとつの目標を皆が共有する
。自分の能力に照らして、自分がチームに貢献できることを考える。こうした他者との関
わりの中で、「社会に活きる力」が身に付いていく。「少年野球の練習」といった、近所
によくある風景の中に、社会教育が存在していると改めて思った。

 厳しかった中学の顧問の先生、ありがとうございました。


                         生涯学習課長 船木  誠

No.116 2017年7月28日発行 【随想】 「私食養生」」

 ここ数年間、健康保持のため長年の不摂生を改めて、脂質の少ない食事や飲酒の制限に
努めています。

 鶏の唐揚げ、天ぷら等の揚げ物類や中華料理に多い油炒めなどはできるだけ止めて、飲
酒もアルコール度数を下げて専らビールにしています。スーパーマーケットでは、栄養成
分表示等で脂質の多い飲食品を除いていくと、買える物が大幅に減ってしまいました。

現在励行しているのは、発芽玄米、ソバ、野菜、海藻、肉の赤身、鶏肉ささみ、大豆食品
、漬け物、野菜ジュース、手作り豆乳ヨーグルト、寒天、トマト、リンゴ、ビール酵母、
青汁などで、手間のかかるものはありません。 

 以前はお酒を飲みながら脂っこい物を食べることが楽しみで、そのためか40歳頃から
血液検査での中性脂肪は基準値上限の倍を超えるのが常の状態でした。

2年半ほど前に胸に軽い痛みを覚えたので、病院で検査してもらったところ、動脈硬化が
かなり進んでおり要警戒との診断があり、さらに悪化すると、激痛を伴う狭心症の発作が
起きたり心臓の血管のバイパス手術が必要になったりすると教えられ、想定外の恐怖に凍
りつきました。

その後、一念発起して血管プラークを減らすための食習慣の改善を始めた次第で、そのお
かげか最近はそれなりの成果も見えてきました。

 昨年共済組合の仕事に就いてからようやく気づいたのは、このような私のデコボコの経
験も、医療保険者(公立学校共済組合)が法律で義務付けられ、平成20年4月からメタボ
リックシンドロームに着目して実施している特定健康診査及び特定保健指導の目指すとこ
ろの「セルフケア」の端くれにはなるのだろう、ということでした。

 恥ずかしながら私の場合は、この制度の恩恵を知ることなく遅きに失し悔いを残したの
ですが、特定保健指導の通知を受け取った方や自分でメタボの心当たりのある方々には、
私のような後悔のないよう、面倒がらず早めに専門家のサポートを受け、セルフケアの行
動を開始されますよう、この場を借りてお奨めしたいと思います。


       教育職員局参事(公立学校共済組合北海道支部参事) 佐藤 道彦